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真実の仏教を説く先生は数百年に一人ですが、現在その先生が富山におられます。先生の書物によって皆さんに仏縁を結んでもらい、後生の一大事の解決の入り口になればと思います。

このブログは、作り話を載せているのではありません。
死ねばどうなるか、ハッキリしていませんよね。
もしかしたら、死後は苦しみの世界になるのではないかと
誰もが考えることはあると思いますが、
お釈迦さまは『大無量寿経』で、ズバリ、「必堕無間(地獄)」と教えています。
我々には想像できないほどの大苦悩を受ける世界に
気の遠くなるほどの長年月、堕ちねばならないと説かれているのです。
それは何故か、そしてどうすればそれを解決できるのかを教えるために、
お釈迦さまは地球にお出ましになられました。
このブログは読み飛ばさないことをお勧めします。
無知ほど恐いものはないのです。
(弥陀の本願を知らない、求めないこと自体、あまりに危険です。
人間として生まれて来た意味もわからないまま、畜生と同じ一生を終えますか!?
畜生は仏教を理解する知恵がないから六道輪廻し、永遠に苦しまなくてはなりませんが、
我々人間は弥陀の本願を聞思し、救われて極楽往生できる道があるのです。
だから人間として生まれたということはものすごいことであり、
ボーとして求めるものを求めずに過ごしてしまったら取り返しのつかないことなのです。)

           

真実の仏教を明らかにされたのは、善導ただ独りだった。 [善導大師]

(善導大師)
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今回は、親鸞聖人が七高僧として尊敬されているうちの、
五番目に挙げられている、善導大師に関してご紹介したいと思います。

七高僧とは、
①龍樹菩薩(インド)
②天親菩薩(インド)
③曇鸞大使(中国)
④道綽禅師(中国)
善導大師(中国)
⑥源信僧都(日本)
⑦法然上人(日本)

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善導大師は、大変まじめで、三十年間一度も布団を敷いて休まれることもなく
仏教の勉学に励まれたといわれます。
また、修行の妨げにならぬようにと、
道で女性とすれ違うときは笠で顔を隠された、ともいわれます。

このような善導大師を親鸞聖人は、極楽浄土からヌーッと現れたような方だと、
「大心海化現の善導」と尊敬されています。
(阿弥陀仏の浄土から人類を導くために現れた方)
親鸞聖人のような方が崇敬される、偉大な宗師になられるまでの半生を、
見てみましょう。

●極悪人が救われる道は、ないのか

善導大師は、中国が隋といわれていた年、613年山東省に生まれられました。
当時、隋の政治は腐敗し、内乱が相次いでいました。
そのような社会不安と戦乱を見ながら、大師は成長されたのです。
六一八年、隋が滅び、唐が建国、ようやく長い戦火は治まったものの、
国中は荒れ果て、戦災で家を焼かれた群衆が、路上をさまよい歩いていました。
こうした世の乱れは、幼い大師に安楽な世界を欣求(ごんぐ)させ、
また母親と寺院で見た極楽浄土の絵は、その心を堅固なものにしたのでしょう。

 

やがて三論宗の学匠・明勝法師について出家、
『法華経』や『維摩経(ゆいまきょう)』の研鑽を重ね、
峻烈な修行に打ち込まれました。
ところが、厳格な戒律のもと、『法華経』の教えに従って自力修行に励めば励むほど、
大師は深刻な悩みに突き当たられるようになったのです。

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欲や怒りの煩悩が、抑えようとすればするほど、
怒濤さか巻き、渦を巻く。
外見は身を慎んで修行しても、励んだ善には毒が混じる。
物を施せば、「与えた」の意識が離れきらず、見返りを求める心が止まない。
修行に専念するほど、「私ほど厳しい行のできるものはあるまい」と、
自惚れ心が噴き上がる。
「なんとしたことか。
私のなす善はすべて猛毒に汚されているではないか。
頭髪についた火を払うような真剣さで、
昼夜十二時、心身を励まして善を励んでいるが、
すべて雑毒の善であった。
心にまことの伴わぬ、虚仮不実の行でしかなかった。
このような善で、生死の一大事、解決できるはずがない。
上根の聖者を対象にした『法華経』の教えでは、
到底、私のような者は救われない・・・」
絶望の深淵に立たされた大師は、
「仏の教法は深広にして涯底(がいてい)無し、といわれる。
ならば、私のような悪性さらに止め難い罪悪深重の凡夫でも、
救われる教えが、どこかに説かれてあるに違いない」
すがる思いで経蔵にこもり、一切経を、一巻、また一巻と、
ひも解いていかれました。
悪人の助かる道が、どこかにあるはずだ。
凡夫往生の道は、ないものか。
必死の探求が続けられたのです。

●阿弥陀如来の本当の御意

やがて大師の心をとらえたのが、『無量寿経』でした。
『観無量寿経』には、「王舎城の悲劇」が説かれている。
生んで育てた我が子によって牢屋に幽閉され、
地獄に苦悶する王妃・韋提希夫人が、釈尊の教導に従って、
「弥陀の誓願不思議」に救い摂られた
ことが、明らかにされていたのです。
心想散り乱れたドロ凡夫の韋提希が、
阿弥陀如来のお姿を拝見したと同時に、
大安心、大満足の絶対の幸福に救い摂られた
、とあるではないか。
弥陀の本願こそ、私の助かる法にちがいない」
小躍りして喜ばれた善導大師は、
早速、釈尊が『観無量寿経』に説かれている「定善」に打ち込まれました。
定善とは、妄念をしずめて、弥陀とその浄土を念ずる座禅や観法であり
これに十三通りあるから「定善十三観」といわれます。

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まず第一は日想観。
心を静め、太陽が西に没する情景を心に思いながら、
阿弥陀仏とその浄土を念じる。
次は水想観。清らかで波一つ無い水面を心に浮かべながら
阿弥陀仏とその浄土を念じる。
ところが、このように十三通り説かれている善に向かって、
どれだけ励んでも、弥陀の絶対の救済にあずかることはできませんでした。

「ああ、自分はとても、仏の深意が体得できない。
これはしかるべき名僧、知識を求めねばならぬ。」
意を決せられた大師は一転、求法の旅に立たれます。
各地の名僧を訪ね歩くうちに、
山西省太原(さんせいしょうたいげん)の近く、
石壁の玄中寺(げんちゅうじ)に浄土門屈指の高僧、
道綽禅師
のましますことを聞かれたのです。
「その方にお会いしたならば」と、
厳冬の寒風を冒して(おかして)数千里、一路、玄中寺に向かい、
ついに大師二十九歳の時、すでに八十の老境にあった、
道綽禅師の門を訪ねられました。

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大師の来訪を心から喜ばれた道綽禅師は、
「微塵の善もできぬ極悪人を、絶対の幸福に、必ず助ける」
と誓われている、阿弥陀如来の真意を説き切られます


その禅師の指南により、永年の疑問が一度に氷解、
「阿弥陀如来の本当の御意(みこころ)」を受得(じゅとく)されたのです。

その後も大師は、玄中寺で道綽禅師から、浄土門の真髄を学び続けられました。
そうして四年の後、禅師が八十四歳で浄土往生されると、
長安に旅だっておられます。
善導三十三歳のころでした。

都に着かれた善導大師は、南方の悟真寺(ごしんじ)を住居とされ、
布教を開始されました。
そのご活躍により、中国には、弥陀の本願を喜ぶ声が満ちあふれた、といわれます。
(善導大師によって、大勢の人が阿弥陀仏に救われたということ)

こうして正法宣布に生涯をかけ、
仏教史に燦然(さんぜん)と輝く金字塔を打ち立てられた大師は、
六十九歳で、浄土往生の本懐(ほんがい)を遂げられたのです。

●善導大師、ただお独りであった

善導大師が活躍された唐という時代は、
中国の歴史上、最も仏教が栄えた時代で、
たくさんの寺が建てられ、何十万という僧侶がいて、
多くの人が仏法に帰依し、時の天子も仏教を保護しておりました。


その何十万の僧の中で、善導大師ただお独りだけが、
「仏の正意」に明らかであったと、親鸞聖人は言われているのです。 
「仏の正意」とは、「仏さまの本当の御意(みこころ)」
ということです。

この地球上で、仏のさとりを開かれたのは、
お釈迦さまただお一人です。
一口にさとりといいましても、低いさとりから高いさとりまで、
五十二の位があり、これをさとりの五十二位といわれます。
その最高のさとりの位を仏覚とか無上覚といわれます。
この最高無上の覚(さとり)を開かれた方のみを、仏とか仏様というのです。
この仏のさとりまで到達された方は、地球上ではお釈迦さま以外にありませんから、
「釈迦の前に仏なし、釈迦の後に仏なし」
といわれています。

そのお釈迦さまが、八十歳でお亡くなりになるまで説いていかれた教えが仏教です。
その教えのすべては、七千余冊の一切経となって書き残されています。
その一切経で、釈迦の説かれたことはただ一つ、
「阿弥陀仏の本願」でありました。


「阿弥陀仏の本願」とは、大宇宙の無数にまします仏方の本師本仏のである阿弥陀仏が、
本当に願っていられる御意、ということです。

善導大師は、その阿弥陀仏の御意を、
「『どんな極悪人でも、我を信じよ、必ず平生に救い切る』と、約束しておられるのだ」
と、弥陀の本願を鮮明に教えていかれました。


何千何万の僧侶があっても、
「仏の正意」をこのように明らかにされたのは、
善導大師しかなかったので親鸞聖人は、その偉大な善導大師を
「善導独明仏正意」と正信偈に書かれているのです。


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コメント 4

ケロケロ

念仏宗は釈尊の説法の中期ぐらいの教えで、
天台の立てる五時で言う所の方等部16年の中の説法の権大乗(仮の大乗の教え)で
爾前権経なんじゃないのですかね...
釈尊の真実の教えって実大乗経の法華経じゃないの?
そうすると念仏は釈尊の真実の教えではないし、
釈尊自身が成仏を解き明かしていない教えだし...
釈尊の思いとしては生きてる間に仏の器に(境涯)になるのが目的だから、
死んでから西方に行くのが目的ではないはずです。
目的が西方極楽浄土に行く事であれば、
今生きている事自体が無価値のなのでみんな自殺しますよ。
だってキツい人生嫌だしその方が楽だから。

そもそも阿弥陀は釈尊の説いた法華経化城喩品に出てくる大相の時代に登場する、
転輪聖王の大使として生まれた大通知勝仏の16人の王子の1人で、
法華経で成仏をし西方に法華経を布教(流布)する為に派遣された
息子の1人らしいですよね?
16番目が東方に派遣された釈迦牟尼仏(釈尊の前世)ですよね?
これは法華経を一応学んだ法然も存じていたはず。
だけどこの銀河系の地球で釈尊は方等部の権大乗では無く
実大乗経である法華経を実践するように、
口伝で弟子たちに残したわけですよね。
(文字文化が確立していない時代の為)
だから法華意外は仏教ではないとあたくしは勝手に思ってま〜す〜
っていう独り言。
by ケロケロ (2014-07-26 20:10) 

minsuke

ケロケロさん、コメントありがとうございます。

聖道門の教えである法華経など、
誰が真剣に修行できます?
そんな覚悟のある人はいないし、
尋常でない体力、気力の持ち主だけが救われるような教えを
お釈迦さまは説きたかったのではないのです。
(末法の時代である今は誰も救われないとお釈迦さまは
教えているので、すでに死んでいる教えです)
そうではなくて、すべての人が聞く一つで救い摂られる
弥陀の本願を説きたかったのです。

以下読んでみてください。
ハッキリすると思いますよ。
勝手に信じていては、死ぬときに地獄に突っ込むことが
分かって、後悔し恐怖でキリキリ舞しますよ。

法然上人、仏教とは弥陀の本願であることを明らかにする!
http://minneko.blog.so-net.ne.jp/2014-02-16

なぜ釈迦は、助からぬ聖道仏教を説かれたのか?
http://minneko.blog.so-net.ne.jp/2014-01-16
by minsuke (2014-07-26 20:22) 

NO NAME

「感無量寿経」ではなく「観無量寿経」です。
by NO NAME (2015-05-31 14:43) 

minsuke

ご指摘ありがとうございました。
恥ずかしいミスでした。(汗)
by minsuke (2015-05-31 18:37) 

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