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真実の仏教を説く先生は数百年に一人ですが、現在その先生が富山におられます。先生の書物によって皆さんに仏縁を結んでもらい、後生の一大事の解決の入り口になればと思います。

このブログは、作り話を載せているのではありません。
死ねばどうなるか、ハッキリしていませんよね。
もしかしたら、死後は苦しみの世界になるのではないかと
誰もが考えることはあると思いますが、
お釈迦さまは『大無量寿経』で、ズバリ、「必堕無間(地獄)」と教えています。
我々には想像できないほどの大苦悩を受ける世界に
気の遠くなるほどの長年月、堕ちねばならないと説かれているのです。
それは何故か、そしてどうすればそれを解決できるのかを教えるために、
お釈迦さまは地球にお出ましになられました。
このブログは読み飛ばさないことをお勧めします。
無知ほど恐いものはないのです。
(弥陀の本願を知らない、求めないこと自体、あまりに危険です。
人間として生まれて来た意味もわからないまま、畜生と同じ一生を終えますか!?
畜生は仏教を理解する知恵がないから六道輪廻し、永遠に苦しまなくてはなりませんが、
我々人間は弥陀の本願を聞思し、救われて極楽往生できる道があるのです。
だから人間として生まれたということはものすごいことであり、
ボーとして求めるものを求めずに過ごしてしまったら取り返しのつかないことなのです。)

           

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疑謗破滅、盛んな悪世 [一向専念無量寿仏]

五濁の時機いたりては
道俗ともにあらそいて
念仏信ずるひとをみて
疑謗破滅(ぎほうはめつ)さかりなり
       (正像末和讃)
これは親鸞聖人が書き記されたご和讃の一つです。
和讃とは、仮名交じりの4行詩で教えを説かれたものをいいます。

最初の「五濁」とは、「五濁悪世」のことで、
四方八方愁苦に満ちた世の中の、
古今東西変わらぬ実態をいわれたものです。
今日も、地震や津波、台風、洪水などの自然災害は絶えず、
テロや大事故、親殺し、子殺しが、日々報じられています。

今年の7月26日、神奈川県相模原市の障害者施設で、
19名が死亡、26名が重軽傷を負う戦後最悪の殺人事件が起きた。
寝静まった深夜に施設に入り込み、
障害者を刃物で次々と切りつけた元職員の男は
「障害者なんていなくなればいい」と語っていたという。

フランスのニースでは7月14日に、
花火大会の観光客を狙ったテロ事件が発生。
犯人は、大型トラックで花火見物の群衆に突っ込み、
約2キロにわたって次々とはね飛ばした。
未成年者10名を含む84名が亡くなり、
負傷者は200名を超えた。

アメリカのフロリダ州では6月12日、
アメリカ史上最悪となる銃乱射事件で49名が亡くなり、
53名が負傷する大惨事が起きた。

不安を除き、生活を豊かにするために、政治や経済、
科学や医学は努めてきましたが、人々の苦悩は絶えることがなく、
2600年前のお釈迦さまの時代も、親鸞聖人の800年前も、
今日も、「五濁悪世(ごじょくあくせ)」の現実は少しも変わりません。
「道俗ともにあらそいて」とは、「道(どう)」は僧侶、
「俗」は俗人(在家の人)のことですから、
「道俗」で世間中の人々という意味です。
世間中が一緒になって、「念仏信ずる人」を激しく「疑謗破滅」してくる、
と聖人は仰っているのですが、一体、どういうことなのでしょうか。

●「念仏信ずる人」とは

まず「念仏信ずる人」についてお話ししましょう。
ここで「念仏」といわれているのは、「南無阿弥陀仏」のことです。

「南無阿弥陀仏」とは何か。
蓮如上人は『御文章』に、次のように教えられています。

「南無阿弥陀仏」と申す文字は、その数わずかに六字なれば、
さのみ功能のあるべきとも覚えざるに、
この六字の名号の中には、無上甚深の功徳利益の広大なること、
更にその極まりなきものなり   
(御文章五帖目十三通)

(南無阿弥陀仏といえば、字数はわずか六字であるから、
そんなすごい力があるとは誰も思えないだろう。
だがそれは猫に小判、豚に真珠といわれるように、
南無阿弥陀仏(六字の名号)の真価を知る知恵がないからである。
本当な南無阿弥陀仏の六字の中には、
どんな人をも無上の幸福にする、
釈迦も説き尽くせなかった計り知れないお力があるのである。)

「南無阿弥陀仏」とは、五濁悪世で苦悩にあえぐ
私たちを絶対の幸福に救うために、
本師本仏の阿弥陀仏が完成された、
大宇宙の功徳(宝)の結晶なのです。

そして、私たちを助ける力があるのは、
大宇宙広しといえども、阿弥陀仏の創られた
南無阿弥陀仏(名号)以外にないことを、
蓮如上人は『御文章』に次のように仰っています。

それ十悪・五逆の罪人も、ー乃至ー空しく皆十方・三世の諸仏の
悲願に洩れて、捨て果てられたる我ら如きの凡夫なり。
然れば、ここに弥陀如来と申すは、
三世十方の諸仏の本師・本仏なれば、ー乃至ー弥陀にかぎりて、
「われひとり助けん」という超世の大願を発して、
われら一切衆生を平等に救わんと誓いたまいて、
無上の誓願を発して、已に阿弥陀仏と成りましましけり

                 (御文章二帖目八通)
(すべての人は三世・十方の諸仏から、
「助ける縁なき者」と捨てられた極悪人である。
そんな私たちを本師本仏の阿弥陀如来のみが、
ただ一人「私が助けよう」と奮い立たれて崇高な大願を建てられた。
そして、自身の誓いを果たさんがため、
どんな極悪人も助ける力のある名号(南無阿弥陀仏)を完成し、
万人にその名号を与えて救う準備は、
すでに完了されているのである。)

では、“念仏(南無阿弥陀仏)を信ずる”とは、
どういうことなのでしょうか。
それは、南無阿弥陀仏の大功徳を阿弥陀仏から受け取ったことで、
これを「信心獲得」といわれます。
蓮如上人はこのことを、

信心獲得すというは、第十八の願を心得るなり。
この願を心得るというは、南無阿弥陀仏のすがたを心得るなり

              (御文章五帖目五通)
と教示されています。

南無阿弥陀仏の偉大な働きを以前に詳説したように、
この六字の名号には、私たちを絶対の幸福に助ける無限のお力があります。
ですから、私たちが南無阿弥陀仏を弥陀より賜った一念に、
最高無上の幸せになれるのです。
もちろん、死んでからのことではありません。
現在ただ今の救いですから、弥陀の救いを「平生業成」といわれるのです。

「念仏信ずる人」と親鸞聖人が仰っているのは、
弥陀より名号を賜って、絶対の幸福に救い摂られた人のことであり、
「弥陀より他に我々を助ける力のある仏はなかった」と信知させられ、
「一向専念無量寿仏」を伝える人のことです。
それは、聖人ご自身のことでもあります。

●仏教の結論「一向専念 無量寿仏」

「一向専念無量寿仏」とは、お釈迦さまのお言葉です。
無量寿仏は阿弥陀仏のことですから、
阿弥陀仏以外に助けてくださるお方はないから
弥陀に一向専念せよ、必ず絶対の幸福に救われると釈迦は、
仏教の結論として教えられたのです。
ゆえに、親鸞聖人の「一向専念無量寿仏」のご布教は、
徹底したものでした。
なぜなら、死んで浄土に往生できるか否かは、
「生きている今、弥陀に一向専念するか、否か」で決するからです。

そのことを、
一向専念の義は、往生の肝腑(かんぷ)、自宗の骨目なり
とズバリ喝破されています。

また、次のようにも仰せです。

かなしきかなやこのごろの
和国の道俗みなともに
仏教の威儀をもととして
天地の鬼神を尊敬す
 (悲歎述懐和讃)

(なんと悲しいことか、国中の僧侶も在家の者も、
外面は仏法者を装っているが、内心は天地の鬼神を敬っている)

僧侶は、衣を着て寺に住まいをして、仏法者の格好だけはしている。
門徒も家には仏壇があり、葬式は寺で勤め、
仏教信者のようにふるまっている。
しかし実態はどうか。僧俗ともに、「一向専念無量寿仏」の教えに背いて
鬼神を信仰し、敬い頭を下げて、現世利益を祈っている者ばかり
であるこを嘆かれています。

浄土真宗が世間から「一向宗」とまでいわれるようになったのも、
親鸞聖人がこのように、一向専念の教えを徹底していかれたからなのです。
その「念仏信ずる人」を、世間中が激しく疑謗破滅してくる、と
言われているのが、
「念仏信ずるひとをみて、疑謗破滅さかりなり」
の聖人のお言葉です。

「疑謗破滅」とは、「疑」は疑う、「謗」は謗る、
「破滅」とは妨害・迫害すること。
今日は「世界の光」と仰がれる親鸞聖人ですが、当時、
どのような疑謗破滅を受けられたのでしょうか。

●親鸞さまの受けられた疑謗破滅

親鸞聖人は、29歳の御時、法然上人に巡り会われ、
本当の仏教、阿弥陀仏の本願を聞かれるようになりました。
そして、弥陀の本願によって絶対の幸福(往生一定)に救い摂られたのです。
すぐに法然上人のお弟子となられた親鸞聖人は、
「一向専念無量寿仏」の布教活動に挺身(ていしん)されています。

31歳の肉食妻帯は、すべての人を救い切る弥陀の大願の、
破天荒の布教でありましたが、それは「狂人」「悪魔」「堕落坊主」と、
世間中から集中攻撃の的となっていった。

また当時、弥陀一仏の救いを説かれる京都吉水の法然上人の元へは、
農民、町民、武士や貴族など、あらゆる人々が群参し、
法然上人の信奉者が急増。
ところが法然一門の急速な発展に恐れを成した南都(奈良・興福寺)や
北嶺(比叡山・延暦寺)などの仏教各派は、
強い危機感を抱き、やがて聖道諸宗が一丸となり、
前代未聞の朝廷への直訴となった。
その結果、承元元年(1207)2月、念仏は停止、
「一向専念無量寿仏」の布教は禁止、吉水の法然門下は解散。
法然上人は四国の土佐(高知県)へ流刑、
お弟子四人が死罪、親鸞聖人を含む7人が遠流となっています。

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親鸞聖人には、初め死刑の判決が下りましたが、
関白九条兼実公の計らいで、辛くも流刑となった。
聖道諸宗と権力者が結託しての日本仏教史上かつてない大弾圧は
「承元の法難」と今日いわれています。
聖人35歳の時のことでした。
流刑の地、越後(新潟県)で5年を過ごされた聖人は、
40歳を過ぎてから関東へ。その関東布教も、
吹きすさぶ逆風の中の20年でした。

還暦を過ぎてから生まれ故郷の京都に戻られた晩年の聖人にも、
疑謗破滅は止むことはなかった。
84歳の老聖人に、ご長男の善鸞を義絶せねばならぬという
悲しい事件が起きたのです。
信頼して関東に残してきた長子・善鸞が、事もあろうに
「一向専念無量寿仏」の教えを破壊していると知られた聖人は、
何度もいさめの手紙を出されました。
しかし、善鸞は一向に改めない。
今はこれまで。わが子のために大衆を地獄へ堕とすことはできぬと、
断腸の思いでついに義絶。
親子の縁を切ってまで聖人は、
弥陀の本願の真実を護り抜いてくださったのです。
悲憤の涙でつづられた義絶状にも、世人の嘲笑罵倒が湧き上がった。
「家庭を破壊して、何の仏法か」
「わが子さえ導けぬ親鸞に、人が導けるか」
仏法を家庭円満の道具のように誤解し、
弥陀の本願を知らぬ人たちには、
格好の攻撃材料だったに違いありません。
聖人90年の波乱万丈で、最もつらい非難だったでありましょう。

●蓮如上人への非難攻撃

激しい疑謗破滅は、親鸞聖人のみならず、
500年前の蓮如上人にも襲いかかりました。
「一向専念」について、蓮如上人は『御文章』に
次のように教えられています。

心を一にして、阿弥陀仏を深くたのみまいらせて、
更に余の方へ心をふらず、一心一向に、
「仏助けたまえ」と申さん衆生をば、
たとい罪業は深重なりとも、必ず弥陀如来は救いましますべし

              (御文章五帖目一通)

阿弥陀仏以外に私たちを助ける力のある仏はないのだから、
弥陀一仏に向き、信じなさいよ、と懇切にご教示くださっています。

蓮如上人が43歳で法主に就任された当時の本願寺は、
本堂はわずか三間四面、比叡山延暦寺の末寺として、
辛うじて存続を許されている状況だった。
親鸞聖人のみ教え徹底に立ち上がられた蓮如上人は、
本堂から天台色を一掃され、親鸞聖人のみ教えどおり、
阿弥陀仏以外の仏や菩薩、神の木像、絵像を撤廃し、
「南無阿弥陀仏」の名号のみを御本尊とされた。

その後、上人の卓越したご布教により、本願寺は急速に発展。
一方の天台宗・延暦寺は、支配地が次々に浄土真宗に変わって
収入が減り、不満が鬱積していった。

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寛正6年(1465)、ついに暴徒化した叡山の僧兵らが本願寺を襲い、
完全に破壊した(寛正の法難)。
辛うじて難を逃れられた蓮如上人は、その後、
畿内各地を転々と布教される。
僧兵たちは執拗に上人のお命を狙い続けた。
ご説法中の襲撃も数知れない。
橋の下や洞窟に身を隠されたり、
農家がもみ殻やぬかを捨てる穴に潜まれることもあった。
「蓮如の首を取った者には、賞金を与える」
比叡山は、こんな高札をほうぼうに立てて、
村人にまで上人を狙わせた。
滋賀県山間部の日野町に、次のような話が伝えられている。

蓮如上人が、日野町の正崇寺へご布教に赴かれた時、
賞金に目がくらんだ豪族が、
上人殺害を企てているとの知らせが入った。
上人は、お弟子の誘導で、6キロ山手の寺に避難されたが、
間もなく敵が追ってきたので、再び3キロ先の寺に行かれた。
そこにも敵が迫り、さらに5キロ先の険しい山奥へと入られた。
夜も更け、蓮如上人も大変お疲れになっている。
お休みいただく所はなかろうかとお弟子が山中を探すと、
炭焼き窯があった。
山肌に大きな穴が開いたような窯の中へ上人は入られ、
お弟子が炭焼き人に変装して、明け方まで窯の前で見張りをし、
お護りしたという。

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生命の危機が迫りながらも、蓮如上人は各地を布教に歩かれ、
熱烈に弥陀の本願を徹底していかれたことが、
アニメ映画『なぜ生きる━蓮如上人と吉崎炎上』に描かれています。

このように、「弥陀の本願以外に助かる道なし」と
一向専念無量寿仏を徹底して伝える人に、
激しい非難攻撃のあることを、釈迦は2600年前に既に教えられ、
親鸞聖人も、
「お釈迦さまの仰せのとおりであったなぁ」
と、ご和讃に、
五濁の時機いたりては
道俗ともにあらそいて
念仏信ずるひとをみて
疑謗破滅さかりなり

と仰っているのです。

しかし聖人は、どんな非難中傷も恥とせず、
弥陀の本願宣布を妨げる一切を、斬り捨てられ、
ひたすら一向専念の道を突き進まれました。

唯仏恩の深きことを念じて、人倫の嘲を恥じず(教行信証)
(ただただ深き阿弥陀仏のご恩が知らされ、世間の非難中傷など、
気にしておれない。)

いかなる苦難にも屈せず、ひとえに、限りなき阿弥陀如来のご恩に
感泣される親鸞聖人の聖容(せいよう)が彷彿とするではありませんか。


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