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真実の仏教を説く先生は数百年に一人ですが、現在その先生が富山におられます。先生の書物によって皆さんに仏縁を結んでもらい、後生の一大事の解決の入り口になればと思います。

このブログは、作り話を載せているのではありません。
死ねばどうなるか、ハッキリしていませんよね。
もしかしたら、死後は苦しみの世界になるのではないかと
誰もが考えることはあると思いますが、
お釈迦さまは『大無量寿経』で、ズバリ、「必堕無間(地獄)」と教えています。
我々には想像できないほどの大苦悩を受ける世界に
気の遠くなるほどの長年月、堕ちねばならないと説かれているのです。
それは何故か、そしてどうすればそれを解決できるのかを教えるために、
お釈迦さまは地球にお出ましになられました。
このブログは読み飛ばさないことをお勧めします。
無知ほど恐いものはないのです。
(弥陀の本願を知らない、求めないこと自体、あまりに危険です。
人間として生まれて来た意味もわからないまま、畜生と同じ一生を終えますか!?
畜生は仏教を理解する知恵がないから六道輪廻し、永遠に苦しまなくてはなりませんが、
我々人間は弥陀の本願を聞思し、救われて極楽往生できる道があるのです。
だから人間として生まれたということはものすごいことであり、
ボーとして求めるものを求めずに過ごしてしまったら取り返しのつかないことなのです。)

           

日蓮は仏教を謗りまくった人! [日蓮]

       

         関東に日蓮現る

鎌倉で布教を始めた日蓮は、
「念仏を称えたら地獄へ堕ちるぞ」
と、激しく浄土教を批判した。

●鎌倉で日蓮が布教を始める

親鸞のいなくなった関東では、
同行たちの信仰を惑乱する、
種々の事件や問題が起きた。
その一つが、日蓮の登場である。
日蓮は、建長6年(1154)ころから鎌倉で布教を始めている。
『法華経』こそ最高の経典だと主張する一方、
浄土教を激しく非難した。
やがて正嘉元年(1157)から文応元年(1260)にかけて、
地震、暴風、洪水、疫病、飢饉が頻発し、死者が続出した。

その原因を日蓮は『守護国家論』や『立正安国論』で、
法然の浄土教に人々が帰依して、
『法華経』を捨てたからだと論じた。
日蓮はこれらの書を権力者に差し出し、
浄土経の支援を禁止し、『法華経』を信じなければ
内乱が起き、他国の侵略を受けることは間違いないと迫った。
幕府は、これを幕府の政治に対する批判と見て、
日蓮を伊豆に流刑にしている。

●仏教をそしり散らした日蓮

日蓮は生涯に2回、流刑に遭っているが、
主張はますます過激になり、
「念仏無間、禅天魔、真言亡国、律国賊」という
「四箇格言」を叫んだ。

これは
「念仏称えるやつは無間地獄に堕ちるぞ、
禅宗の者たちは天魔じゃ、
真言宗のやつらは国を亡ぼすぞ、
律宗は国賊じゃ」
と、当時盛んだった仏教の諸宗をそしり散らしたのである。

「無間地獄」とは、経典に説かれるさまざまな地獄の中でも、
最も苦しみの激しい世界をいう。
間断なく大苦悩を受け、苦しみに休まる間がないので
「無間地獄」といわれる。
「念仏は地獄往きの業(行い)である」と、
各地を熱烈に触れ回る日蓮を、
最初は誰も相手にしなかったが、
人々の間に、次第に動揺が広がっていった。

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浄土教をそしり続けた日蓮

「念仏無間」という日蓮の主張は、
一切経に根拠のないものである。
親鸞は、関東の同行に手紙を出して、
釈迦の教えを明らかにした。

●一切経に根拠のない日蓮の教え

日蓮は『法華経』が最高の経典だと主張したが、
『法華経』には、どうすれば仏に成れるかは説かれていない。
そこで日蓮は、題目(南無妙法蓮華経)を唱えることだけが、
仏になる唯一の道だという「唱題成仏」を説いた。
だが「南無阿弥陀仏」は経典にははっきり説かれているが、
「南無妙法蓮華経」という言葉は、
一切経のどこにも出てこない。
これは日蓮の作り出した造語である。
「念仏無間」もまた、日蓮の考え出した説であり、
釈迦の教えではない。
『観仏三昧経』には、釈迦が臨終の父・浄飯王に、
念仏を勧めたことが説かれている。
念仏が地獄行きの業(行い)ならば、
父王に勧めるはずがない。

釈迦は、念仏をそしる者は無間地獄に堕ちて、
八万劫(一劫は4億3千200万年)という長い期間、
苦しみ続けなければならないと、
『観仏三昧経』その他の経典に説いている。

親鸞は、「哀れな日蓮よ。
念仏誹謗する者こそ無間地獄に堕在して、
八万劫の間、大苦悩をまぬがれることはなかろう」
と悲しみ、何度も関東へ便りを出して、
弥陀の本願の徹底に心を尽くした。

●仏教を聞く目的は何か

仏教の目的は、「後生の一大事」の解決といわれる。
後生(死んだ後)が無いのか、有るのか、
有るとすればどんな世界か、
これが分からずに後生へと飛び込んでいくほどの大問題はない。
これを後生の一大事という。

もし日蓮のいうことが本当であれば、
取り返しのつかないことになる。
関東の同行は、ここ一つはっきりさせたいと、
一層真剣に仏法を聞き求めた。

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タグ:日蓮

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