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真実の仏教を説く先生は数百年に一人ですが、現在その先生が富山におられます。先生の書物によって皆さんに仏縁を結んでもらい、後生の一大事の解決の入り口になればと思います。

このブログは、作り話を載せているのではありません。
死ねばどうなるか、ハッキリしていませんよね。
もしかしたら、死後は苦しみの世界になるのではないかと
誰もが考えることはあると思いますが、
お釈迦さまは『大無量寿経』で、ズバリ、「必堕無間(地獄)」と教えています。
我々には想像できないほどの大苦悩を受ける世界に
気の遠くなるほどの長年月、堕ちねばならないと説かれているのです。
それは何故か、そしてどうすればそれを解決できるのかを教えるために、
お釈迦さまは地球にお出ましになられました。
このブログは読み飛ばさないことをお勧めします。
無知ほど恐いものはないのです。
(弥陀の本願を知らない、求めないこと自体、あまりに危険です。
人間として生まれて来た意味もわからないまま、畜生と同じ一生を終えますか!?
畜生は仏教を理解する知恵がないから六道輪廻し、永遠に苦しまなくてはなりませんが、
我々人間は弥陀の本願を聞思し、救われて極楽往生できる道があるのです。
だから人間として生まれたということはものすごいことであり、
ボーとして求めるものを求めずに過ごしてしまったら取り返しのつかないことなのです。)

           

龍樹菩薩 ブログトップ

死後の一大事解決は、聖道門では不可能! [龍樹菩薩]

お釈迦さまは、
「苦より苦に入り、冥より冥に入る」(大無量寿経)
と説かれ、この世の苦から未来の苦へ、
何のために生きているのか分からぬ暗い人生から、
真っ暗な後生へ飛び込んでいかねばならぬ一大事があると
警鐘乱打なされています。
これを仏教で後生の一大事といわれます。
古来、高僧たちが妻子や財宝一切を捨てて、
入山学道しているのも、この一大事に驚き、
その解決のためにさとりを求めてのことなのです。
 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(ここからは真実の仏教を説いておられる先生の書物「とどろき」から載せています。)

証歓喜地生安楽(歓喜地を証して安楽に生ぜんと)
顕示難行陸路苦(難行の陸路の苦しきことを顕示し)
信楽易行水道楽 (易行の水道の楽しきことを信楽せしめたまう)

釈尊に次ぐ聖者、龍樹菩薩

「歓喜地」とは、さとりの名前です。
一口にさとりといいましても、
さとりの境地には五十二の段階があり、
これをさとりの五十二位といわれます。

ちょうど相撲取りでも、下は序の口、序二段から、
上は大関、横綱まで、いろいろあるようなものです。

さとりにはそれぞれ名前がつけられており、
一段目を初信、二段目を二信。三信、四信と続き、
十段目を十信といわれます。
二十段目を十住、三十段目を十行、
四十段目を十回向、五十段目を十地、
五十一段目を等覚といい、
五十二段目が妙覚、すなわち仏覚です。
さとりの最高位ですから無上覚ともいわれます。

ここまでさとった人は、
地球上では釈尊以外にはありませんから、
「釈迦の前に仏なし、釈迦の後に仏なし」
といわれます。

その釈尊に次ぐ高いさとりを開かれた方が、
龍樹菩薩です。

厳しい仏道修行に打ち込み、龍樹菩薩は、
四十一段目、初地のさとりに到達されました。
ここまでさとると、初めて躍り上がる歓喜が
わき起こりますから、歓喜地ともいわれます。

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なぜ、さとりを求めるのか
   ~仏教の目的は、後生の一大事の解決にあり

さとりとは、大宇宙の真理をさとることです。
真理といいましても、1+1=2といった数学的真理、
水は高きより低きに流れる科学的真理がありますが、
仏教でいわれる真理は、苦しみ悩みを解決し、
本当の幸福になれる真理のことです。

「人生は苦なり」
と釈尊が喝破なされたように、
科学や医学は長足の進歩を遂げましたが、
人間の苦悩は少しも減ってはいません。
「有れば有ることで苦しみ、無ければ無いことに苦しむ」
の仏語のとおり、物や金の有無に関係なく、
人々は苦しんでいます。
しかも皆、その解決の糸口さえ見つからぬまま、
最も忌み嫌う(いみきらう)死へと向かっているのです。

死後や後生を聞くと、
30年も50年も先のことのように思ったり、
自分と関係ないことのよ
うに思う人がありますが、
とんでもない考え違いです。

吸った息が吐き出せない時、
吐いた息が吸えなかった時が、
取り返しのつかない価値を持ち、
吸う息、吐く息が後生と密着しているのです。
こんな切り詰めた現実問題はありません。

後の世と 聞けば遠きに 似たれども
知らずや今日も その日なるらん

の古歌のとおりです。

ところが迷いの深い私たちは、
この厳粛な事実を忘れて、
名誉を追って走り、財産を得ようとして争い、
愛欲におぼれて喜び、酒に飲まれて騒いでいます。
当てにならぬシャボン玉のような楽しみに希望をつなぎ、
執着して、罪悪を積み重ねています。
妻子や財産といった不安なものを信頼し切っています。
そして足下に迫る業火に気がつかないのです。
こんな危ないことがあるでしょうか。
しかも仏は、
苦より苦に入り、冥より冥に入る」(大無量寿経)
と説かれています。
この世の苦から未来の苦へ、
何のために生きているのか分からぬ暗い人生から、
真っ暗な後生へ飛び込んでいかねばならぬ一大事があると
警鐘乱打なされています。

これを仏教で後生の一大事といわれます。

古来、高僧たちが妻子や財宝一切を捨てて、
入山学道しているのも、この一大事に驚き、
その解決のためにさとりを求めてのことなのです。

達磨や智者でも

ダルマ人形のモデルとなった達磨大師は、
インドに生まれ晩年中国に渡り禅宗の祖となりました。
手足が腐り切断したといわれます。
ところが、その達磨のさとりも三十段程度といわれます。

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また中国天台宗を開いた智顗(智者)は臨終、弟子に、
「師は、いずれの位までさとられたのか」
と問われ、
「ただ五品弟子位あるのみ」
と告白しています。
一宗一派を開いた彼でも十段に至らなかったのです。

さとりは一段違ってさえ、人間と犬猫以上に
境界(きょうがい)に差があるといわれます。

四十一段の歓喜地に到達された龍樹菩薩が、
いかに抜群の方であったか、お分かりでしょう。

歓喜地を証して安楽に生ぜん

ところが、歓喜地を証された龍樹菩薩でしたが、
いまだ魂の解決はなりませんでした。

どこかに真に救われる道はないのか。
必死に探し求めた龍樹菩薩はついに、
無上の法、阿弥陀如来の本願に巡り遇ったのです。
そして弥陀の本願力によって、
いつ死んでも安楽国(弥陀の浄土)へ生ずる、
絶対の幸福の身に救い摂られたのでした。

これはさとりの五十二位中、
五十一段めの等正覚に相当し、
必ず仏覚を開くことに定まった正定聚の位です。
ここに、絶対の弥陀の救済にあわれた龍樹菩薩の
大乗無上の法を宣説(せんぜつ)する
大活躍が始まったのです。

難行道と易行道~仏教に2つあり

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龍樹菩薩は、仏教に2つあると教えられました。
「難行道」の仏教と「易行道」の仏教です。

難行道とは、自力修行でさとりを求める仏教のことで、
千里の遠き道を訪ねるのに、
陸路を歩むようなもの。

それに対して易行道は、阿弥陀如来の本願力によって
救われる教えです。
ちょうど水上を船に乗っていく旅のように
船頭まかせで快適です。

では二つの教えを、釈尊がとかれたのはなぜでしょうか。
龍樹菩薩は、難行道の仏教は
丈夫志幹(じょうぶしかん)の者に、
易行道の仏教は
儜弱怯劣(ねいじゃくこれつ)の者のために
説かれたのだとおっしゃっています。

丈夫志幹とは、知恵優れ、意志の強固な人のことです。
儜弱怯劣とは、悪くて弱くて卑怯で劣った者という意味です。

では龍樹さま、あなたはどちらですか、
とお尋ねすると、自分は儜弱怯劣の者だから、
易行道でなければ助からなかった、と告白されています。

初めは難行の道を求め、
歓喜地までさとられた龍樹菩薩でしたが、
本当の自己の姿を照らし出された時、
儜弱怯劣と懺悔され、弥陀の本願によらねば
救われなかったとおっしゃっているのです。

あらゆる宗派の人々から尊敬される、
八宗の祖師・龍樹菩薩にして然り。
どこに、煩悩と闘い戒律を守り、
自力修行でさとりを成就できる人がありましょう。

●14年間の修行を水泡にした、一滴の涙

刈萱道心と石童丸の話は有名です。

刈萱道心は、元は加藤左衛門繁氏といい、
筑前、筑後、肥後、肥前、大隅、
薩摩の六ヵ国の探題であった。
ある日、箱崎の桜見物に行き、
桜花爛漫と咲き誇っている下で
酒宴中、桜花の一片(ひとひら)が
杯の中に散り込んだのを見て
いたく無常を感じて帰宅した。

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その夜彼は、妻の千里と二の妻須磨が、
表面は仲良さそうに一室で琴を合奏していたが、
ふと障子に映った彼女たちの頭髪が大蛇となって
かみ合っているすさまじさを見て、
このように人を大蛇にする原因は皆自分にあると
罪悪深重に驚いて、
その夜そっと家を出て、ついに高野山に入り、
真言宗の僧となり刈萱道心と名乗った。

彼が家を出た時、妻の千里に一子が宿っていた。
後の石童丸である。

大きくなった石童丸が、
「なぜ僕には父様がないの」
としきりに尋ねるので、
千里はついに一部始終を打ち明けた。
聞くより早く石童丸は父恋しい心が燃え上がり、
母とともに高野山に向かった。
しかし高野山は女人結界(にょにんけっかい)の地なので、
母は登れない。
ふもとで別れる時、
「おまえの父上は、人より背が高く、
左の眉毛にホクロのあるお方だよ」
と母は教えた。
それを頼りに石童丸は、高野山の峰や谷の寺々を
くまなく尋ね歩いたが、父らしい僧に出会うことはできなかった。
ある日、一つの橋を渡ろうとした時である。
前方から左手に花を持ち、右手に念珠を持って
南無遍照金剛を唱えながら刈萱道心が下ってきた。
何となく父上ではなかろうかと石童丸は駆け寄って、
その名を尋ねた。
道心は不審に思ってよくよく見れば、
その顔は妻と生き写しではないか。
そのうえ所持する短刀は、
まさしく自分がかつて持っていたものではないか。

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「おお、お前は、わが子石童丸ではないか」
とあわや名乗らんとした時、
一切の恩愛を断ち切れと説く厳しい真言宗の教えを思い出し、
今、名乗れば今までの14年間の苦行は水の泡、
声なき声に戒められ、
「そなたの尋ねている刈萱道心は、去年の秋に亡くなられた」
と心を鬼にして言い切った。

一瞬泣き崩れた石童丸が、
「せめてお墓なりとも」
と頼むので道心は、
仕方なく一つの新しい墓前に連れて行った。
紅葉(もみじ)のような両手を合わせ、
ジーッと墓を見つめていた石童丸は、
やがてワッと泣き伏した。
道心は張り裂ける思いに耐えながらようやく下山させたが、
わが子の影が見えなくなると同時にその場に打ち倒れた。

石童丸が泣く泣く山を下りてみれば、
ふもとでしきりにカラスが鳴いている。
不審を抱きつつ宿に帰ってみれば、
哀れや母は病のために亡くなっていた。
やむなく一人の姉を頼りに筑前に帰ったが、
その姉もこの世を去って49日目であった。

何たることか。

そこで石童丸はいよいよ無常を痛感し、
ついに意を決し、自分も父のみ跡を慕って出家しようと、
再び高野の峰を訪ねた。
再び登山して来たわが子の姿に驚き、
一切を聞かされた刈萱道心は、、
「なに、母が死に姉も死んだのか」
と思わず知らずホローッと一滴の涙を落とした。
この一滴の涙が、彼の14年間の難行を
元の木阿弥にしてしまったという。

まさに龍樹菩薩が「難行道」といわれる所以です。

●親鸞聖人のお喜び

“それなのに親鸞は、
難行道の『法華経』に20年間も迷っていた。

「難行の陸路の苦しきことを顕示し、
易行の水道の楽しきことを信楽せしめたまう」
自力でさとりを求める難行道では助からないぞ。
早く易行道の弥陀の本願を信じよ。

龍樹菩薩が、難易二道を開顕してくださっていたなればこそ、
親鸞救われたのだ。
このご恩、どうして忘れることができようか”
あふれる喜びとともに聖人は、
龍樹菩薩を褒めたたえておられるのです。


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弥陀の本願一つ真実であることを知らせるためには! [龍樹菩薩]

(真実の仏法を説いておられる先生の書かれた「とどろき」より載せています) 

仏法を正しく
  伝えられた龍樹菩薩

龍樹大士出於世(龍樹大士、世に出でて)
悉能摧破有無見(悉く能く有無の見を摧破し、)
宣説大乗無上法(大乗無上の法を宣説し、)
証歓喜地生安楽(歓喜地を証して安楽に生ぜん)

釈迦が亡くなって700年後(今から約1900年前)、
インドに現れられた龍樹菩薩は、
「有の見」と「無の見」をすべて打ち破られ、
真実の仏教(大乗無上の法)を明らかにされました。

「無の見」とは「死後は何も無くなる」
という考えで、「断見」ともいわれます。
唯物論などはこれに当たります。
「有の見」は、「死後、肉体は滅びても、
固定不変の霊魂なるものが存続する」
という思想で、「常見」ともいわれます。
キリスト教やイスラム教、日本神道などはこれです。

仏教を説かれたお釈迦さまは、
「有の見」「無の見」いずれも謬見(びゅうけん)であり
「外道」と断じられ、
「道理に外れた教えを信じていても、
幸福にはなれない」と、
徹底的に排斥されています。
(※謬見とは、誤った考えのこと)

その釈迦の教導どおり龍樹も、
迷える大衆に飛び込んで、
有無の二見を悉く打ち破り、
真実の仏教(大乗無上の法)を皆に伝えました。
その熱烈な布教は、外道の者たちの猛反感を買い、
遂には殺害されてしまったのです。

聖人は、殉教なされた龍樹菩薩を讃えられて、
“命懸けの布教のおかげで親鸞、
真実の仏教を知らされ、

この身に救われることができたのだ。
深いご恩に、とてもじっとしてはいられない。
龍樹菩薩のみ跡を慕い親鸞も、
身を粉に骨を砕きても、
真実の仏教を伝えずにおれないのだ”
と感泣なされているお言葉が、

龍樹大士出於世(龍樹大士、世に出でて)
悉能摧破有無見(悉く能く有無の見を摧破し、)
宣説大乗無上法(大乗無上の法を宣説し、)

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●破邪顕正(はじゃけんしょう)とはどんなことか

今回はまず、仏教で「破邪顕正」といわれることについて、
お話しましょう。
「破邪顕正」とは「邪を破り、正を顕(あき)らかにする」
ことです。

「邪」とは、間違った考え方や思想・教えのことであり、
「正」とは真実の教えをいいます。
お釈迦さまは、ご遺言ともいわれる
『涅槃経』というお経に、
「破邪顕正せざる者は仏弟子に非ず、
仏法中の怨(あだ)なり」
“間違った思想や教えを信じている人を
見ながら黙視し、その誤りを破らず、
正しい教えを伝えない者は、仏法者ではない”
と厳しく教戒なされています。

世間では、「他人が何を信じていても、
本人が喜んでいるなら、それでいいじゃないか」
「思想信条や信仰のことは、他人がとやかく言う問題じゃない」
というのが常識でしょう。
特に寛容を美徳とする人は、
ほぼ100パーセントこれに賛同するに違いありません。

ところがお釈迦さまは、
そのようには教えられていない。
間違った教えを信じている人には、
「それは間違っていますよ」
と教えてやらねばならない、
と仰っているのです。

このように、相手の間違った考えを破ることを、
「破邪」といいます。
皆それぞれに、自分が信奉しているものは
「正しい」「間違いない」と思っているのですから、
それを「間違いだ」と指摘されれば、
当然、腹を立てるし人間関係もこじれて
面倒なことになる。
だが、それを恐れて破邪しない者は
この釈迦の弟子ではない、
「仏法中の怨なり」とまで言われているのです。

これは、お釈迦さまご自身が
徹底してなされたことであることは、
同じく『涅槃経』に、

世尊常に説きたまわく、
一切外学の九十五種(外道)は、皆悪道に趣く
釈迦は常にこう説かれていた。
仏教以外の教えは、人々を苦患へ沈ませるものである」”
と言われていることでも明らかでしょう。

では、なぜ釈迦は妥協なく外道を「破邪」され、
また私たちにも勧められているのでしょうか。

それは真実の仏教である「阿弥陀仏の本願」を
顕かにするためです。

大乗無上の法、弥陀の本願を、
一人でも多く伝えて、ともに無上の幸せに生きる。
その「顕正」のための、「破邪」なのです。

「破邪のための破邪」ではないし、
相手を論破して自己満足や
優越感に浸るためでもありません。
「阿弥陀仏の本願」を伝えるためにはどうしても、
「弥陀の本願」に反する教え(邪)を破らねばならない。
外道を信じていては、弥陀に救われることは
絶対にできないから、
「一切の外道を捨てて、弥陀の本願のみを信じよ」
と、お釈迦さまは80年の生涯をかけて徹底され、
私たちにも「破邪顕正」を勧めていかれたのです。

これでお分かりのように、
釈迦が「破りなさい」と言われる「邪」とは、
「弥陀の本願」を妨げる一切のことであって

決して、政治や経済、科学・医学・法律・倫理・道徳
の世界で「正しい」とか「間違っている」と
議論されている主義主張のことではありません。

つまり、どうすれば快適・安全に生活できるか、
という「生き方」についての「正邪」ではないことを、
確認しておかねばならないでしょう。
例えば「地球温暖化」や「デフレ」「円高」
などについて、
どんな見解を持つかなどは十人十色です。
「子供手当」や「消費税引き上げ」についての考え方は、
各人が受けた教育や性格、
生活環境などによって変わるでしょう。
「正義とは何か」も、国益を闘わせる外交の場では
まったく逆になることさえあります。
価値観は多様化しているから、
「みんなちがって、みんないい」
のフレーズが共感を呼ぶのでしょう。

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お釈迦さまが「破邪顕正しなさい」
と勧めておられる「正」「邪」とは、
そんな次元の問題ではありません。

時代や国によって変わることのない唯一の真実、
「弥陀の本願」についてのことなのです。

「仏教は排他的で狭量な教えなのか」
という疑問も、ここが正しく理解されていないところに
起因するのでしょう。
誤解されやすいところですので、
念を押しておきたいと思います。

では「弥陀の本願」とは何か。
本師本仏の阿弥陀仏が、
「すべての人よ、後生の一大事を解決し、
必ず絶対の幸福に救う」
と誓われているお約束のことです。

「有の見」も「無の見」も、
この「後生の一大事」を否定する教えですから、
「有無の見」を破らなければ、
弥陀の救いを鮮明にすることは絶対にできない。

だからこそ龍樹菩薩は、
有無の見を徹底的に打ち破られたのだと、
熱火の破邪顕正を親鸞聖人は、

悉能摧破有無見(悉く能く有無の見を摧破し、)
宣説大乗無上法(大乗無上の法を宣説し、)

と仰っているのです。
では、「後生の一大事」とはどんなことでしょうか。

後生という事は、
ながき世まで地獄におつることなれば、
いかにもいそぎ後生の一大事を思いとりて、
弥陀の本願をたのみ、
他力の信心を決定すべし 

           (御文章)

後生の一大事とは、未来永く堕ちて苦しむことだから、
急いでこの一大事の解決を心にかけて、
阿弥陀仏の救いを求めねばならない

このように、すべての人に訪れる「後生の一大事」を、
「弥陀の本願」によって平生に解決して頂き、
“必ず浄土へ往ける大安心の身”
に救い摂られたことを、
「他力の信心を決定(けつじょう)」とも
「信心獲得」「信心決定」とも言われます。

この弥陀の救いを、次に、
「証歓喜地生安楽(歓喜地を証して、安楽に生ぜん)」
と明らかにしているのです。

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●弥陀の救いは二回ある

「歓喜地」とは、さとりの位の一つです。
一口にさとりといっても、
低いさとりから高いさとりまで五十二の位があり、
これを「さとりの五十二位」といわれます。

あえて例えると、相撲取りにも下はフンドシ担ぎから
上は大関、横綱までいろいろあるようなもので、
さとりにもピンからキリまで全部で五十二の位があるのです。
その最高位を仏の覚りといい、
この仏覚を開かれた方のみを「仏」といわれます。

地球上ではお釈迦さまただお一人ですから、
「釈迦の前に仏なし、釈迦の後に仏なし」
とも言われます。
いかに仏覚を開くことが難しいか、知られましょう。
「歓喜地」とは、下から数えて五十一段目、
あと一段で仏覚という大変高いさとりのことで、
「正定聚」ともいわれます。

“間違いなく仏になれる身”のことですから、
現代の言葉では「絶対の幸福」といえるでしょう。

弥陀の誓い通り「後生の一大事」が解決された一念に、
五十一段高飛びさせられ、
絶対の幸福に救い摂られる
ことを親鸞聖人は、
「歓喜地を証する」
と言われ、
これを蓮如上人は有名な「聖人一流の章」には、
「その位を一念発起・入正定之聚(にゅうしょうじょうしじゅ)とも釈し」
と明示されているのです。
次に「安楽」とは、弥陀の浄土のことですから、
「歓喜地を証して、安楽に生まれる」
とは、
「弥陀の救いに値えば、この世は絶対の幸福、
死ねば弥陀の浄土へ往って、
仏に生まれることができるのだ

と言われているお言葉です。
このように弥陀の救いは、
この世と未来の二度あることを
「現当二益(げんとうにやく)」といわれます。

「現益」と「当益」の二つです。
「現益」とは現在(この世)の救い、
「当益」とは死後(当来)の救い、ということです。
「歓喜地を証する」はこの世の救い(現益)、
「安楽に生ずる」は死後の救い(当益)。
弥陀の救いは「現当二益」あることを、
龍樹菩薩は明らかにされているのだよ

と、親鸞聖人は、
「証歓喜地生安楽」の一行で教えられ、続いて、
弥陀の本願によらねば誰も助からないのだから、
皆さん早く弥陀の救いに値(あ)ってもらいたい

と、真剣な聞法を勧めておられるお言葉が、
「顕示難行陸路苦
信楽易行水道楽」
の二行なのです。
(※値<あ>うは、一度きりのものに使われる)

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人間死んだらどうなるか(諸法無我) [龍樹菩薩]

(真実の仏法を説いておられる先生の書かれた「とどろき」より載せています) 

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(お釈迦さまは約2600年前にインドに現れましたが、
龍樹菩薩はその700年後にインドに現れています。)


人間死んだらどうなるか。
有史以来、種々に議論されてきましたが、

大別すれば「有の見(うのけん)」と
「無の見(むのけん)」の二つになります。

有の見は、常見ともいい、
死後変わらぬ魂が存在するという考え方です。

無の見は、断見ともいい、
死後何もなくなるという見方です。

断見・常見ともに仏教では、
真実を知らぬ外道と教えられ、
龍樹菩薩は、この有無の二見を
徹底的に打ち破られました。


(※龍樹菩薩とは、“仏教を正しく伝えてくれた、
龍樹菩薩おられてこそ、
この親鸞は阿弥陀仏に救われたのだ”
と親鸞聖人が大変感謝され、
尊敬されている七高僧のうちの一人です。
第二の釈尊ともいわれた方です。


●“私”はどこに?

“私”とは何ですか、と尋ねると、
頭のてっぺんから足のつま先までで、
自分の体を指さして、「これが私」と答え、
「だから死ねば灰になって終わり。
死後なんてないよ」
と思っている人がありますが、
仏教にはこんな話があります。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

釈尊に大号尊者という弟子がある。
彼が商人であった時、他国からの帰途、
道に迷って日が暮れた。
宿もないので仕方なく、墓場の近くで寝ていると
不気味な音に目が覚める。
一匹の赤鬼が、人間の死体を持って
やってくるではないか。
急いで木に登って震えながら眺めていると、
間もなく青鬼がやってきた。
「その死体をよこせ」
と青鬼が言う。
「これはオレが先に見つけたもの、渡さぬ」
という赤鬼と大ゲンカが始まった。


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その時である。
赤鬼は木の上の大号を指さして、
「あそこに、さっきから見ている人間がいる。
あれに聞けば分かろう。
証人になってもらおうじゃないか」
と言い出した。
大号は驚いた。
いずれにしても食い殺されることは避けられぬ。
ならば真実を言おうと決意する。
「それは赤鬼のものである」
と証言した。

青鬼は怒った。大号をひきずり下ろし、
片足を抜いて食べてしまった。
気の毒に思った赤鬼は、
だれかの死体の片足を取ってきて大号に接(つ)いでやった。
激昂(げきこう)した青鬼は、
さらに両手を抜いて食べる。
赤鬼はまた、ほかの死体の両手を取ってきて
大号につけてやった。
青鬼は大号の全身を次から次に食べる。
赤鬼はそのあとから、
大号の身体を元通りに修復してやる。
青鬼が帰った後、
「ご苦労であった。おまえが真実を証言してくれて
気持ちがよかった」
と赤鬼は礼を言って立ち去った。

一人残された大号は、
歩いてみたが元の身体と何ら変わらない。
しかし今の自分の手足は、
己の物でないことだけは間違いない。
どこのだれの手やら足やら、と考えた。
街へ帰った彼は、
「この身体はだれのものですか」
と大声で叫びながら歩いたので、
大号尊者とあだ名されるようになったという。

●肉体が入れ替わっても“私”

これは単なるおとぎ話ではありません。
胃も腸も、顔や手足も、
身体の器官すべてが工場で生産され、
必要に応じて付け替える、
そんな時代が来るかもしれません。


心臓病患者は、障害のある心臓を、
あれこれ治療するのはやめて、
心臓メーカーから新品を買い求め、
手術で取り替え、再び元気を取り戻すことができる。
胃腸の悪い人も、新しい人工胃腸と
交換して丈夫になれるし、
手足が動かなくなれば、
これまた新品の人工手足と取り替える。
もちろん濁った血液は、
きれいな血液と全部入れ替えもできる、
という具合に未来の医学は、
肉体丸ごと替えるかもしれません。
“私”の肉体全部入れ替えた時、
一体“私”とは何者なのでしょうか。


いや現に私たちの肉体は
約六十兆の細胞でできていますが、
絶えず新陳代謝し、おおよそ七年間で
全部入れ替わるといわれています。
つまり七年前の私とは、
物質的には全然別人ということになります。
しかし実際は、別人の感じはなく、
やはり同一人に違いないでしょう。

●万物は流転する(パンタ・レイ)

古代ギリシアの哲学者ヘラクレイトスは、
「万物は流転する(パンタ・レイ)」という
有名な言葉を残しています。
すべてのものは、変化し続け、
いっときとして同じではないということです。

「同じ川に二度と入ることはできない」
とも言っています。
なぜなら、二度目に入った時は、
川の流れも自分自身もすでに変わっているからです。

こんな小話があります。

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ある男が借金した。
債権者が取り立てに行ったところ、
「借りた人間と、オレとは別人だ。
何しろパンタ・レイだからね」
と返済を断った。
怒った債権者は、その男をポカポカ殴りケガさせる。
「何をする!」
と腹を立て、殴られた男は裁判所に訴えたが、
殴った男は、
「殴った人間と、オレとは別人だ。
なにしろ、パンタ・レイだからね」
とやり返したという。

●断見を否定し、永遠不滅の生命を説く仏教

肉体がどんなに変化しても、
自分のした行為に責任を
持たねばならないのは当然でしょう。
してみれば、そこには一貫して続いている
統一的主体を認めねばなりません。


仏教では、私たちの行為を業といいます。
業は目に見えぬ力となって残り、
決して消滅しません。
これを業力不滅といいます。
そして必ず果報を現します。
いわゆる、まかぬタネは生えませんが、
まいたタネは必ず生えると教えられます。
肉体を入れ替えても、焼いて灰にしても、
業不滅なるがゆえに、
その業報を受けねばなりません。


ここに仏教では、死後も存続する
不滅の生命を教え、
死後(後生)を否定する「無の見」を、
「因果応報なるが故に、来世なきに非ず」(阿含経)
と排斥しています。

では後生を説く仏教は、
死後変わらぬ魂が有るとする「有の見」ではないか、
と思うかもしれませんが、そうではありません。


●諸法無我

仏教では「無我」と教えられます。
固定不変の我というものは本来無い。
つまり有の見のような、
死んでも変わらぬ魂というものは
無いということです。
そしてあらゆるものは因縁所生
(いんねんしょせい)のものと説かれます。

因と縁とが結びついて、
仮に出来上がっているものということです。


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昔の人はこれを、
「引きよせて 結べば柴の 庵にて
   解くればもとの  野原なりけり」

庵というものは、野原の柴を集めて結べばできますが、
縁がなくなってバラバラになれば、元の野原になります。
一時、庵というものがあるのであって、
変わらぬ「庵」というものがあるのではありません。


家でも、因縁でいろいろのものが集まって造られています。
柱、土台の石、壁、畳、かわら、ふすま、などが集まって、
あのような形になっているものを「家」といっているのです。
因縁が離れてバラバラになれば、家はどこにもありません。
家というものが、いつまでもあるように思いますが、
やがて因縁がなくなれば、跡形もなくなりますから、
「家」という固定不変の実体はないのです。
因縁のある間だけ家ということです。


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自動車ならば約三万個の部品が、
因縁和合して、あのような形に出来上がっている間、
「自動車」といわれるのです。
部品が散乱していたら、誰も自動車とはいわないでしょう。


日本の最新ロケットH-ⅡAなら、
実に約二十八万個の部品が、
精密に組み合わさっている間、
ロケットなのです。
例外なく皆そうです。


これを仏教で諸法無我といわれます。
“私”“私”と言っていますが、
変わらぬ「我」という実体は無いということが、
無我です。

仏教の深い哲理ですが、
分かりやすく言うとそういうことです。

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●固定不変の霊魂を否定し、
          後生の一大事を説く仏法

仏教では、私たちの永遠の生命を
阿頼耶識といわれ、
「暴流のごとし」と説かれています。
暴流とは滝のことです。
遠くから眺めれば、
一枚の白布を垂らしたように見える滝でも、
実際はたくさんの水滴が激しく変化しながら
続いているのです。
そのように阿頼耶識は、自分の行為を次から次と
業力としておさめて絶えず変化し、
流転輪廻していくのです。


ゆえに釈尊(釈迦)は、
「無我なるが故に、常有に非ず」(阿含経)
と言われ、固定不変の霊魂を否定されます。
だから、死ねば魂が墓の下にジッととどまったり、
山や木や石に宿り、
いつまでも残っていることなどできないと
教えられます。
ましてや、その霊魂が生きている人間に
禍福を与える力があるなどと説くものは、
迷信だと打ち破られているのです。


すべての人は、各自の造った業によって、
死ねば種々の形に変化し、
遠く独り去っていくものである
と、
次のように釈尊は説かれています。

「遠く他所に到りぬれば能く(よく)見る者なし。
善悪自然に行(おこない)を追いて生ずる所、
窈窈冥冥(ようようみょうみょう)として別離久しく長し。
道路同じからずして会い見ること期無し、
甚だ難く甚だ難し、
また相値うことを得んや」
                (大無量寿経)

“遠く他の所へ去ってしまえば、
再び会い見ることはできない。
一人一人造った善悪の業により、
次の生へ生まれ変わっていく。
行く先は遠く、暗くしてたよる道もなく、
愛する者とも永劫の別れをしなければならぬ。
各自の行為が違うから、
死出の旅路は孤独なのである”


親鸞聖人は、
一たび人身を失いぬれば
万劫にも復(かえ)らず
」(教行信証)
と言われ、蓮如上人は、
われらが今度の一大事の後生」(領解文)
と言われているとおり、
すべての人の後生に一大事のあることを教え、
その解決の道を説示されているのが仏法です。


龍樹菩薩は、有無の二見をことごとく破られ、
後生の一大事を説く正しい教えを
徹底的に明らかにされたのでした。



龍樹菩薩の活躍は予言されていた! [龍樹菩薩]

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“親鸞、阿弥陀仏に救われることができたのは、
ひとえに釈迦の教導のおかげであった、
その仏教を、正しく伝えて下されたインド・中国・日本の、
七人の高僧方のおかげであった”
と、深きご恩を讃えています。
その七高僧の最初の龍樹菩薩について
今回はご紹介したいと思います。

釈迦如来楞伽山(しゃかにょらいりょうがせん)
為衆告命南天竺(いしゅうごうにょうなんてんじく)
龍樹大士出於世(りゅうじゅだいじしゅっとせ)
悉能摧破有無見(しつのうざいはうむけん)
宣説大乗無上法(せんぜつだいじょうむじょうほう)

(釈迦如来楞伽山(りょうがせん)にして
衆の為に告命(ごうみょう)したまわく、
「南天竺に、龍樹大士、世に出でて、
悉く(ことごとく)能く(よく)有無の見を摧破(さいは)し、
大乗無上の法を宣説す」)

まず、
「釈迦如来、楞伽山にして」とは、
「釈迦如来が、楞伽山でご説法なされていた時に」
ということです。
釈迦如来とは、今から約2600年前インドに現れられて、
仏教を説かれたお釈迦さまのことです。
ほかにも、釈迦牟尼仏とか、釈尊とも、
また世間ではよくブッダとも言われている方です。
その釈迦如来が、
「衆の為に告命したまわく」とは、
「その時の参詣者に告げられた、話をされた」
ということです。

どんなことを釈迦は仰ったのかというと、
『楞伽経(りょうがきょう)』にこう説かれています。
私・釈迦が、この世を去って700年後、
南インドに龍樹という勝れた人が現れるであろう。
そして『有無の見』を悉く(ことごとく)打ち破り、
『大乗無上の法』を広めるであろう

果たして、その予言通りに龍樹菩薩が現れて、
大活躍なされたことを親鸞聖人は『正信偈』に、
「南天竺に、龍樹大士、世に出でて
悉く能く有無の見を摧破(さいは)し、
大乗無上の法を宣説す」
と讃えられておられるのです。

「悉く能く有無の見を摧破された」
と言われている「有無の見」とは、
「有の見」と「無の見」のこと(いずれも間違った思想のことです。)
その2つの謬見(びゅうけん)を龍樹菩薩は、
「悉く能く摧破された」
と言われているのは、
“徹底的に排斥された”“すべて、完膚なきまでに打ち破られた”
ということです。
(謬見とは、あやまった考えのこと)
「大乗無上の法を宣説す」とは、
“すべての人が救われる、真実の仏法を明らかにされた”
ということですから、聖人はここで、
「釈迦が予言された通り、インドに龍樹菩薩が現れて、
大活躍してくだされたのだ。
間違った教えを黙って見過ごすような方ではなかった。
大衆の中に飛び込み、邪義を破り、
真実の仏法を命がけで明らかにされた、

そのおかげで親鸞、弥陀の本願に救い摂られることができたのだ。
龍樹菩薩の厚きご恩を忘れることはできない。
骨を砕いても報いずにはおれない」
と感泣されているのです。
龍樹菩薩がこのように、
聖人からも尊敬されるような偉大な方になられるのは、
紆余曲折を経てのことでした。

・・・・・・・・・・・・・・・・

南インド、コーサラ国のバラモンの家に生を受けた龍樹は、
聡明な頭脳をもって、
幼少にしてバラモンのベーダ経典を悉く(ことごとく)
そらんじてしまったといわれる。
青年になると、清新な知識を求めてインド中を巡り、
天文学、薬学、錬金術、易学など手当たり次第に習得し、
学び尽くしていった。
龍樹に出会う者、ただただ学問の深さに驚き、
舌を巻くばかり。
20歳の頃にはもはや、国内に並ぶ者なき天才として、
名声はとどろいていた。
「オレはもう、天下の学問を成し終わった。
すでに学ぶべきものは何もない」
若年にして功を成すは身を誤らせる元なのであろう、
傲慢が彼を支配したのである。

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類は友を呼ぶと言われるように、
龍樹の3人の親友も、人並みの学問ではなかった。
そんな友人らと交友を重ねていたある時、
「お互いにもう学問は学び尽くしてしまった。
楽しみが無くなってしまったな」
一人が言うと、
「確かに学問に楽しみはもうないが、
快楽とはそればかりではあるまい。
我々はまだ、肉体の歓びを十分に味わっていないではないか」
人生最高の歓楽は情欲にあり、と聞いて若い血潮は騒いだ。
4人は、色欲の満足を求めて巷の女性を誘惑し、
欲望の餌食としていったのである。
市井(しせい)に美女を求め、女漁りを続けていた4人は、
やがて並の女性では飽きたらず相談の末、
城の後宮に忍び込み、国王の寵愛する女たちを、
情痴の餌としようと画策する。
後宮こそ、国中から選りすぐられた麗人の宝庫。
ある晩、夜陰に乗じて龍樹らは巧みに王宮に潜入し、
女性たちの部屋を目指す。
国王の愛人たちは、この意外な闖入者(ちんにゅうしゃ)に
最初は驚きの色を示したが、
別に危害を加えられるのでもなく、
彼らの目的が自分たちの肉体であると知ると、
もはや騒ぎ立てるような愚かな真似はしなかった。
数十人で、たった一人の国王の寵を
競っていた彼女たちにとって、
中年を過ぎた肥満体とは対照的な、
龍樹たちの若く逞しい魅力的な肉体は、
かえって歓迎すべきものであった。
こうして4人は、夜な夜な思いのままに、
美女たちと戯れあったのである。

だが、このようなことがいつまでも発覚せぬはずがない。
後宮の微妙な変化を感じとった王は、
家臣に調べさせた。
事実を知って激怒した王はその夜、
宮廷の庭陰に屈強な衛兵を配備して、
侵入者を待った。
そうとも知らず龍樹らはいつものように、
宮中が寝静まった頃、愛欲の蜜を求めて忍び込んできたが、
庭半ばに進んだ時、「賊どもを切り捨てよ」の王の号令一下、
飛び出してきた群臣の刃に包囲されてしまう。
抵抗むなしく、3人の親友はたちまち斬り伏せられ、
混乱の中、龍樹だけがなんとか難を逃れたのであった。
城外に脱出した龍樹であったが、
眼前で斬殺された友の死に、悔悟の念と、
激しい無常を痛感したのである。

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ああ、バカだった。オレは間違っていた。
情欲こそ災いの元であった。
それにしても、何とはかない人間の命か。
彼らの魂はどこへ行ったのだ。
オレが死んでたら、一体どうなっていたのだろうか

以来、龍樹の煩悶は深さを増し、矢も盾もたまらず、
魂の解決を仏道に求めたのであった。

出家受戒した寺院にて、早速、小乗仏教に取り組み、
わずか90日で読み尽くしてしまった。
だが、魂の救いは得られない。
今度はインド北方、ヒマラヤ山の麓、
仏跡の散在する地域に秘伝されるという
大乗経典を求めて旅立ったのである。

道中、各地に名立たる学者を訪問するが、
いずれも龍樹の博識にかえって驚嘆するばかりで、
師と仰ぐに値する人物に巡り会うことはなかった。
やがてヒマラヤ山中の古びた寺を訪ねたとき、
大乗経典を伝持する老比丘に出会うことができた。
念願の大乗経典に接した龍樹の歓びは大きく、経典に基づき、
能う(あとう)限りの仏道修行に精進していった。
精勤(しょうごん)十数年、
修行の峻厳さは古の釈迦もかくやと思われんばかりである。
結果、仏覚に至るまでのさとりの52位中、
41位の初地という位まで到達したのである。
自力修行によって41位を悟ったのは、釈迦を例外にすれば、
龍樹と、後の天親菩薩の兄・無著(むじゃく)の
2人だけといわれている。
しかし、さずがの龍樹も、初地に至るのが精一杯であった。

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これから、五十段位の十地(じゅうじ)を超え、
仏覚を極める難行苦行の道は、
釈迦のごとき丈夫志幹の方ならともかく、
儜弱怯劣(ねいじゃくこれつ)な人間の歩める道ではない。
ああ、どこかに、私のような劣機(れっき)でも
救われる法はないのだろうか

(丈夫志幹とは、意志の強い人
儜弱怯劣とは、悪い、弱い、卑怯な、愚劣なもの)

厚い修行の壁に悩む龍樹に、光明は意外な方面から射し込んできた。
ヒマラヤの奥深い地域に龍族という部族があり、
その長老・大竜が、龍樹を訪ねてきたのである。
「菩薩よ。我々の村に遠く伝わる経典がある。
しかし、いまだその真意を会得する賢人がおらず、
今日まで経蔵に眠っている。
あなたこそ、その経典を伝授するにふさわしい方だ。
どうか一度、確かめていただけないだろうか」

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大竜の言葉に新たな希望を見いだし、
龍樹がその村を訪れると、
経蔵には数多(あまた)の大乗経典が、ぎっしり詰まっていた。
龍樹はむさぼるように、それらの経典を読破していく。
必死にひもといていくうちに、ついに『大無量寿経』を発見。
どんな極悪人をも救い摂る「阿弥陀仏の本願」を知られる。
やがて龍樹は、弥陀の本願に疑い晴れた一念に、
必定の位に救い摂られたのである。

「必定」とは、あと一段で仏、という五十一位のことで、
「正定聚」とも「等覚」とも、「歓喜地」とも言われる。
不変無上の幸福であるから、今日の言葉で「絶対の幸福」といえよう。
魂の解決を果たし、生命の歓喜を獲られた龍樹の目に映ったのは、
種々の外道が競い起こり、
混乱の極に達している宗教・思想界の実態であった。
迷える人心に飛び込んで、
悉く(ことごとく)それら一切の邪義を打ち破り、
暗黒の魂を唯一救いたもう「弥陀の本願真実」を、
命を懸けて宣布せられたのである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そのことはすでに釈迦如来が、楞伽山にて説かれた『楞伽経』に、
未来世に当に我が法を持つ(たもつ)者あるべし。
南天竺国の中、大名徳の比丘あらん。
その名を龍樹となす。
能く有無の宗を破し、世間の中にして我が無上大乗の法をあらわさん

と予言された通りの大活躍であったのだと、
親鸞聖人は『正信偈』に、
「釈迦如来楞伽山にして、
衆の為に告命したまわく、
南天竺に、龍樹大士、世に出でて、
悉く能く有無の見を摧破し、
大乗無上の法を宣説す」
と仰っているのです。
では、龍樹菩薩が悉く摧破された、
「有の見」「無の見」とはどんなことか。
以下の記事を読んでいただければと思います。
人間死んだらどうなるか(諸法無我)


宣伝が一番大事!?(仏教で大切なこと) [龍樹菩薩]

宣説大乗無上法(大乗無上の法を宣説し)

親鸞聖人の正信偈の一文で、
龍樹菩薩に関して書かれたものです。

どんなによいものがあっても、
宣伝しなければだれも分かりません。

難病の特効薬があっても、教えてくれる人がいなければ、
苦しみ死んでいかなければなりません。
薬があるのに、宣伝されないために助からない。
そんなことがあってはならないでしょう。
「宣説」の宣は宣伝、コマーシャルです。
龍樹菩薩が宣伝し説かれたことは、「大乗無上の法」という、
すべての人が、この世から未来永遠に救われる教えでした。


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●大乗仏教と小乗仏教

大乗とは大乗仏教のことです。
それに対して小乗仏教といわれるものがあります。
これは、仏教に二つあるということではありません。
小乗仏教は、釈尊の教えを聞き誤って伝えられた仏教であり、
大乗仏教は、正しく伝えられた仏教です。
真の仏教は、すべての人を救う、大きな乗り物のような教えです。
それを聞き誤り、小さな乗り物にしてしまったので、
小乗仏教といわれるようになったのです。

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