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真実の仏教を説く先生は数百年に一人ですが、現在その先生が富山におられます。先生の書物によって皆さんに仏縁を結んでもらい、後生の一大事の解決の入り口になればと思います。

このブログは、作り話を載せているのではありません。
死ねばどうなるか、ハッキリしていませんよね。
もしかしたら、死後は苦しみの世界になるのではないかと
誰もが考えることはあると思いますが、
お釈迦さまは『大無量寿経』で、ズバリ、「必堕無間(地獄)」と教えています。
我々には想像できないほどの大苦悩を受ける世界に
気の遠くなるほどの長年月、堕ちねばならないと説かれているのです。
それは何故か、そしてどうすればそれを解決できるのかを教えるために、
お釈迦さまは地球にお出ましになられました。
このブログは読み飛ばさないことをお勧めします。
無知ほど恐いものはないのです。
(弥陀の本願を知らない、求めないこと自体、あまりに危険です。
人間として生まれて来た意味もわからないまま、畜生と同じ一生を終えますか!?
畜生は仏教を理解する知恵がないから六道輪廻し、永遠に苦しまなくてはなりませんが、
我々人間は弥陀の本願を聞思し、救われて極楽往生できる道があるのです。
だから人間として生まれたということはものすごいことであり、
ボーとして求めるものを求めずに過ごしてしまったら取り返しのつかないことなのです。)

           

お釈迦さまが仏教を説かれた目的は何か!? [釈迦]

(問)お釈迦さまが仏教を説かれた目的は何か

(答)
世界文化史の大家、H・G・ウエルズは、
世界の偉人のトップにお釈迦さまをあげ、
私は公平にどの点からみても、
世界で最大の偉人は仏陀釈迦牟尼世尊である

と言っています。
ドイツのハイラー教授も、
仏陀釈迦は、世界の最も偉大な宗教家であり、
世界の光である

と絶賛しています。

世界の三大聖人、二大聖人といわれても、
トップに挙げられる釈尊は、
インドのカピラ城主、浄飯王の長男として生まれ、
仏覚を悟られるまでは、ジッダルタ太子と呼ばれていました。
生まれながらにして、社会的には最高の地位、名誉、財産を持ち、
その上、親の溺愛を受け思うままの生活が約束されていた人でした。
19歳で国内一の麗人といわれたヤショダラ姫と結婚し、
翌年、男子ラゴーラをもうけていられます。
さらに、春夏秋冬の四季の御殿に住まわされ、
500の美女とたわむれる栄耀栄華の限りを尽くした方でした。
私たちが、その中の一つでも手に入ればと、
日々、必死に求めているもの全てをお釈迦さまは、
すでに持っておられたのです。
その釈尊が、なお満足できない魂の叫びに驚き、
29歳の2月8日、突如、それら一切の名誉、地位、財産、
妻子を捨てて城を出て、入山学道の人となられたのです。

●人生の実相に驚き
     不変の幸福を追求

この世の一切のものは、常住しないのだ。
いずれの日にか衰え、いずれの日にか亡ぶのだ。
歓楽つきて哀情多しといわれるではないか。
快楽のカゲにも、無常の響きがこもっている。
美女の奏する弦歌は、欲をもって人を惑わすのみだ。
人生は、苦悩に満ちている。
猛き火のごとく、浮かべる雲のごとく、
幻や水泡の如きものではないか。
若きを愛すれど、やがて、老いと病と死のために
壊れ去るものばかりである

人生の実相を洞察なされた釈尊は、
常住不変の絶対の幸福とはなにか。
いずこに存在するのか。
それこそが、万人の希求するものではないか
と、
勤苦6年、35歳の12月8日、ついに大悟徹底、仏陀となられたのです。
かくして、80歳、2月15日、ご入滅になるまで、
布教活動をなされたのです。
この45年間の釈尊の教えの記録が一切経といわれるものです。
ゆえに一切経は、7000余巻という膨大な数にのぼっていますが、
釈迦出世の本懐は、唯一つ、阿弥陀仏の本願であったのです。
その明証は種々ありますが、
いよいよ弥陀の本願を説かんとなされた時、
釈尊は
「これより私の出世の本懐を説き示そう」
と厳粛に宣言なされ、弥陀三昧に入って五徳現瑞なされて
弟子たちを驚嘆させられています。

そして、最後には「特留此経(とくるしきょう)」とおっしゃって、
「弥陀の本願を説く此の経(大無量寿経)は、
一切の経典が滅する時が来ても残り、
すべての人が真実の幸福に救済されるであろう」
と予言されています。

弥陀の本願を説き終わられた釈尊は、
いかにも満足そうに、
「これで如来として、なすべきことはみななし終わった」
と慶喜されています。

ですから釈迦一代の教えといっても、
阿弥陀仏の本願に収まるのです。

私たちが釈尊の大恩に報いる道は、
弥陀の本願を聞信し、絶対の幸福になることに極まるのです。

釈尊の一切経をホゴにするか、どうかは、
私たちが弥陀の救いに値うか、否かにかかっていることを忘れてはなりません。


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お釈迦さま物語 [釈迦]

巨大な樹木も一粒のタネから

その村には、大きな多根樹があった。
天を摩するような高さを誇り、幹太く、
思い思いに広げた枝葉の下には、
数百人が遊んでもまだ猶予がある。
自らの重さを支えるように、枝が地に伸びて根ざし、
樹そのものが、ひとつの林のように見えた。
ある日、尊い方がお弟子を連れて村を訪れ、
托鉢をして歩かれた。
たまたま、そのお姿を拝した貧しい女が深い尊敬の念を起こした。
「なんと尊いお方だろうか。ぜひ何か差し上げたい」
と、布施を志す。
この尊貴なお方こそ、仏陀・釈迦牟尼世尊であることを彼女は知った。
女は世尊に、自分たちの昼食のために用意した「麦こがし」を施すことにした。
大麦を煎って焦がし、うすでひいて粉にしたものである。
鉢に麦焦がしをを差し上げた時、
釈尊が弟子の阿難に向かって、
こうおっしゃっているのを聞いた。
この女は今の尊行によって、やがてさとりを開くであろう
すると傍らにいた彼女の夫が、おもむろに仏陀に歩み寄り、
腹を立てた様子で食ってかかった。
そんな出任せ言って、麦こがしを出させるな。
取るに足らぬ布施でどうしてそんな果報が得られるか

釈尊は、静かにおっしゃった。
「そなたは世の中で、これは珍しいというものを見たことがあるか」
“いきなり何だ”。男は戸惑いつつも、
「珍しいもの」と問われ、村の大樹を思い出した。
「あの多根樹ほど不思議なものはない。
一つの木陰に500両の場所をつないでも、
まだ余裕があるからな」
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続けて仏陀は問われた。
「そんな大きな木だから、タネはひきうすぐらいはあるだろう。
それとも飼い葉桶ぐらいかな」
「とんでもない。そんな大きなものではない。
ケシ粒のほんの四分の一ぐらいしかない」
「そんな小さなタネから、そんな大きな木になるなんて、
だれも信じないね」
釈尊の言葉に、男は大声で反論した。
「だれ一人信じなくても、オレは信じている」
ここで釈尊は言葉を改め、こうおっしゃった。
どんな麦こがしの小さな善根でも、やがて強縁に助けられ、
ついにはさとりを開くこともできるのだ

当意即妙の説法に、夫は自身の誤りを知らされた。
直ちに己の非をわび、夫婦そろって仏弟子となったのである。



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あなたもお釈迦さまの親友にならせていただきましょう! [釈迦]

ともに喜び、励まし合い、
苦しみを乗り越えてきた「親友」の存在は、
何年たっても大きいもの。
友人を見ればその人が分かる”ともいわれるように、
どんな友を持つかで、人生は大きく変わります。
今日、世界の三大聖人のトップに挙げられるお釈迦さまから、
「あなたは私の善き親友だよ」
と手を差し伸べていただけたなら、どうでしょう。
そんな夢のようなことがお経に説かれています。
どんな人がお釈迦さまの親友になれるのでしょう。

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だれかに認めてもらいたい

「一年の計は元旦にあり」といわれるように、
年の始めに“目標”を立てる人は少なくありません。
(平成22年1月のとどろきを載せています)
受験生なら「志望校合格」、ビジネスマンは「昇給・昇進」、
メタボを気にして「今年こそダイエットを!」
という人もあるかもしれません。
目標が定まれば、あとは努力あるのみ。
順調な時ばかりでなく、壁にぶち当たり、
くじけそうになっても、それを突き抜けて頑張れば、
その結果は自らにすべて現れてくるものです。
しかし、そんな努力がだれからも評価されなければ、
“あんなに頑張ったのに・・・”とたちまち落ち込んでしまいます。

「あの大学に合格するなんてステキ」
「部長に昇進したのか、すごいなあ」
「10キロもやせたの?うらやましいわ」
と一言でも言ってもらえれば、
ああ、頑張ってよかったと思えるでしょう。

生きていく上で、周囲に認められることは
非常に大事なことだと分かります。

心に残る褒め言葉が人生を変えることさえあるのですから。
私たちが努力するのは、“誰かに褒められ、認められる”ため。
自分を認め、受け入れてくれる相手を
私たちは常に求めているともいえましょう。

そんな人が一人でもいれば、
生きる勇気や元気がわいてくるものです。

寒い中、仕事で疲れた体を引きずって帰宅した夫に、
妻が声をかける。
「おかえりなさい、寒かったでしょう。
いつもお仕事ご苦労さまです」
この一言で、彼は元気百倍、
「なーに、これくらいの寒さなんか平気さ。
もういっぺん行ってこようか!」
となる。

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あるいは、日々家事に育児に奮闘し、
心身ともに疲弊している奥さんには、
「毎日頑張ってくれてるね。ありがとう」
夫の言葉が何よりの栄養剤となるでしょう。

考えてみますと、私たちは朝から晩まで
他人の評価を気にしています。

朝起きてまず顔を洗い、髪を整えるのは
他人に笑われたくないからです。
キレイな人と言われたい、老けて見られたくないから、
化粧や服選びも真剣。
会社で一生懸命働くのも、学校で勉強するのも、
評価を気にしてのことです。

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世界中の称賛を浴びる、しかし・・・

そんな私たちが、世界中の人々から称賛されたなら、
どれほどの喜びでしょう。
多くのスポーツ選手があこがれるオリンピック。
カナダ・バンクーバーでの冬季五輪もあと一月に迫りました。
(平成22年のとどろきです)
ちょうど4年前、トリノ大会で日本唯一の金メダルを獲得したのが、
フィギア・スケートの荒川静香さんです。
幼い頃から天才と呼ばれ、16歳で長野五輪に出場。
しかしその後は成績不振に悩み、
早々に引退を考えていたといいます。
起伏の激しい競技生活で苦悩を乗り越え、
つかんだ世界一でした。
特に話題になったのは
上体を大きく反らせる「イナバウアー」の美しさ。
その時の気持ちを荒川さんは、
自身のホームページでこうつづっています。
「驚くほどの知名度になった『イナバウアー』からの
ジャンプコンビーネーションは、
音楽がすごく心地よく感じられ、
何よりお客さんの歓声が忘れられないほど嬉しかったし、
気持ちよかった!(中略)
色々なことを思い出しながらこれまでやってこられた事に満足、
嬉しい気持ちいっぱいで
最後のストレートラインステップを踏んでいました」
荒川さんの味わった世界一の栄誉を目指し、
今日も選手たちは厳しいトレーニングに励んでいることでしょう。

政治、経済、科学、医学、芸術、文学など、
いずれの分野でも、多くの人々から称賛を受けることができるのは、
恵まれた才能を持ち、抜きん出る努力をしてきた一握りの人です。
ところが、世間で認められたといっても、
大衆の心は移ろいやすいもの。
その評価はコロコロと変わってしまいます。

有名なナポレオンは、約200年前、
フランス皇帝として二度称賛を浴び、
二度島流しに遭ったといいます。
そんな彼は他人の評価をこう受け止めていました。

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■    ■    ■     ■
イタリア、オーストリアと戦い、
連勝のナポレオンが凱旋した。
イルミネーションや旗行列、たいまつや鐘、祝砲など、
国民の慶賀は、その極に達する。
部下の一人が、恭しく祝辞を述べた。
「閣下、このような盛大な歓迎を受けられ、さぞ、
ご満悦でありましょう」

意外にもその時、ナポレオンは、冷然と、こう言っている。
ばかを申すな。表面だけの騒ぎを喜んでいたら大間違いだ。
彼らは、少しでも情勢が変われば、
また“断頭台に送れ”と言って、やはり、
このように騒ぐであろう。
雷同の大衆の歓迎など、当てになるものか

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■    ■    ■    ■

現代でも、期待されて発足した政権が不祥事で支持を失い、
退陣を余儀なくされたり、
一発ギャグで人気を博したお笑いタレントも、
数年後にはパッタリ見かけなくなったりと、
世間の評価は目まぐるしく変わり、
当てにならない例は事欠きません。
「今日ほめて 明日悪くいう 人の口
泣くも笑うも ウソの世の中」
とトンチで有名な禅僧・一休が詠んでいるとおりです。

仏さまから褒められるのは

仏教では、そんな当てにならない人間の評価に
一喜一憂していても幸せはなれない、
それよりも仏さまから褒められる身になりなさい、
と教えられ
親鸞聖人は『正信偈』に、

一切善悪凡夫人(一切善悪の凡夫人)
聞信如来弘誓願(如来弘誓願を聞信すれば)
仏言広大勝解者(仏は広大勝解の者と言い)
是人名分陀利華(是の人を分陀利華と名く)

どんな人も、如来の弘誓願を聞信すれば、
仏さまから「広大勝解者(こうだいしょうげしゃ)」
「分陀利華(ふんだりけ)」と褒められる身になれる”
と説かれています。

「一切善悪凡夫人(一切善悪の凡夫人)」
とは私たち「すべての人」のことです。次の、
「聞信如来弘誓願(如来の弘誓願を聞信ずれば)」
の「如来」は、阿弥陀如来のこと。
「阿弥陀仏」とも「弥陀」ともいわれます。
仏とは、最高無上のさとり(仏覚)を開かれた方をいいます。
低いさとりから高いさとりまで
全部で52ある「さとりの五十二位」のうち、
最高のさとりが仏覚です。
一段違うだけでも人間と虫けらほど
境界(きょうがい)の差があるといわれますから、
五十二段の仏覚の境地は、私たちの想像も及びません。

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地球上で仏のさとりを開かれたのは
お釈迦さまただ一人ですが、
大宇宙には地球のようなものが数え切れないほどあり、
そこには無数の仏さまがまします、
とお釈迦さまは説かれています。

その大宇宙の諸仏方が、
先生と尊敬し手を合わせる仏さまが、
阿弥陀如来です。

十方諸仏の一人であるお釈迦さまも、

無量寿仏の威神光明は最尊第一にして
諸仏の光明の及ぶこと能わざる所なり

            (大無量寿経)
“阿弥陀如来のお力は、大宇宙最高であり、
十方の諸仏が総がかりになっても及ばない”

諸仏の中の王なり、光明の中の極尊なり
             (大阿弥陀経)

と一切経の至るところに讃嘆なされています。

親鸞聖人は「無上仏」と仰がれ、
蓮如上人も「本師本仏」と『御文章』に称揚されています。

阿弥陀仏といってもお釈迦さまといっても、
名前が違うだけで同じ仏さまだろう、
と思っている人がありますが、
それは大変な間違いであると分かるでしょう。

その本師本仏の阿弥陀如来が、
苦しみ悩む私たちすべての人を
必ず絶対の幸福に救い摂ってみせる、
と尊い願を建てられました。

これを「如来弘誓願」といわれています。
「聞信する」とは、この本願のとおりに
救い摂られたことをいうのです。

「仏言広大勝解者 是人名分陀利華
(仏は広大勝解の者と言い、是の人を分陀利華と名く)」
といわれる「仏」は、お釈迦さまも含め十方諸仏のこと。
「広大勝解者」は大学者、
「分陀利華」はめったに咲かない白蓮華ですから、

大宇宙のすべての仏が、
“あなたは仏教の大学者だ、
白蓮華のようなめったに咲かない尊い人だ”
と褒められる身になるのだ、
と聖人はおっしゃっているのです。

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人からこう言われてさえうれしいのに、
すべての仏さまから絶賛される。

これほどの喜びはありません。
これは主著『教行信証』に聖人が、
「金剛の真心を獲得(ぎゃくとく)する者は、
横に五趣・八難(ごしゅはちなん)の道(どう)を超え、
必ず現生に十種の益を獲(う)」
と本願に救い摂られて得られる十の幸せを教えられた中の、
「諸仏称讃の益」
(大宇宙のすべての仏方に褒められる幸せ)
のことです。

苦難に立ち向かう勇気の源

いつ一日として修行したこともなく、
朝から晩まで、あれが欲しい、
これが足りないと欲に振り回され、
それがかなわずに怒り、恵まれた人を見ては
ネタミ・ソネミの心がわき起こる。
一時として心穏やかならぬこんな私が、
弥陀の不思議の願力によって、
浄土往生間違いない身に救われたならば、
その人をお釈迦さまは、
「わが善き親友なり」
と手を差し伸べてくださることを、
経典に説かれています。

“私の先生に救い摂られたあなたは、この釈迦の親しい友人だ”
と仰せられているのです。

孤立無援の時、「あなたの味方だよ」
と理解してくれる人が現れたら、
どんなに心強いでしょう。
まして地球上で最も偉大な釈尊から
「親しき友よ」と呼びかけられたら、
これほど元気・勇気の出ることはありません。

29歳で弥陀に救われ、
無碍の一道の世界に出られた親鸞聖人は、
諸仏に称賛されている大自覚がありました。

ですから世間の人々の非難攻撃を一身に受けられても、
「人倫の哢言(ろうげん・嘲り)を恥じず」
と勇気をもって驀進(ばくしん)されたのです。

“波乱万丈”という言葉は
まさに聖人のためにあるとしか思えない、
たくましき一生です。
31歳の時、僧侶には固く禁じられていた肉食妻帯を、
公然とされました。
世間中から“破戒僧、堕落坊主、仏教を破壊する悪魔”
など、ありとあらゆる悪口雑言が浴びせられましたが、
すべての人が救われるのが
本当の仏教であることを明らかにするために、
断行なされたのです。

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35歳、権力者の横暴で越後(新潟)へ流刑に遭われた時も、
“これも越後の人々に弥陀の本願を伝えるご縁”
と布教に立ち上がっておられます。
“親鸞は坊主じゃない”との非難には、
「そうだ、オレは坊主じゃない」
と高らかに「非僧非俗」を宣言。
国家権力の認める僧侶ではないから「僧に非ず」、
しかし契約に基づいて働き
収入を得る世間の仕事人でもないから「俗に非ず」。
弥陀の本願一つを伝える真の仏弟子の信念を生涯貫かれました。

聖人が『正信偈』に
「仏言広大勝解者 是人名分陀利華」
と書き記されたのは、私たちに早く
“弥陀に救われ、諸仏から褒められる身になりたい”
という心にさせよう、のお気持ちからでしょう。

“この親鸞もなれた。あなたも如来の弘誓願(弥陀の救い)
を聞信すればなれますよ”
と朝晩の勤行で教えてくださっているのです。
弥陀の本願を聞信し、
お釈迦さまの「親友」とならせていただきましょう。


タグ:親友 釈迦
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なぜ、大無量寿経だけが真実の経なのか。 [釈迦]


親鸞聖人は『教行信証』の中に、
それ真実の教を顕さば、すなわち『大無量寿経』これなり
と、明言なされております。

これは、釈尊の説かれた経典は八万四千とか、
七千余巻とかいわれるほどたくさんありますが、
釈尊の本心を説かれた、
いわゆる出世本懐中の本懐経は
『大無量寿経』ただ一つだ
、とおっしゃったものです。

そして、この『大無量寿経』以外の教典は、皆、
方便の経だと断定なされています。

では聖人は何を根拠として
このような断定をなされたのかといいますと、
まず『大無量寿経』の巻頭に、
釈尊自らが明言なされているからです。

すなわち、
如来、無蓋(むがい)の大悲を以て三界を矜哀す。
世に出興する所以は道教を光闡し、
群萌をすくい恵むに真実の利を以てせんと欲してなり

と、宣言なされています。
これは、私がこの世に生まれ出た目的は、
一切の人々を絶対の幸福に導く、
この経を説くためであったのだ
、ということです。
この巻頭のお言葉だけでも、
すでに真実の経であることは明らかですが、

なお、この経の終わりには次のようにおっしゃっておられます。

当来の世に経道滅尽せんに、
我慈悲を以て哀愍し、
特にこの経を留めて止住すること百歳せん。
それ衆生有りてこの経に値う者は、
意(こころ)の所願に随いて、皆得度すべし

と、出世の本懐経であることのとどめを刺しておられます。
これはやがて、『法華経』など一切の経典が滅尽する、
末法法滅の時機が到来するが、その時代になっても、
この『大無量寿経』だけは永遠に残り、ますます、
すべての人々を絶対の幸福に導くことであろう、
とおっしゃったものです。

仏として
  なすべきこと

このようなことが説かれてあるのは
一切経多しといえども、この『大無量寿経』のみです。

釈尊は『大集経』その他の経典に、
私の死後1500年たつと末法という時機が来るが、
この時代になると、
一人も私の教えで助かる者がいなくなるであろう、
と予言なされています。

釈迦の教法ましませど、修すべき有情のなきゆえに、
さとりうるもの末法に、一人もあらじとときたまう

            (正像末和讃)
とおっしゃっています。

しかも、その末法一万年の後には法滅の時機といって、
一切の経典が滅する時機がやってくるであろう、
とも予言なされています。

ところが『大無量寿経』には、
かかる法滅の時代が来ても、
この経だけは永遠に残るであろうと明言なされたことは、
永遠不滅の真実経は『大無量寿経』のみであることを
釈尊自ら告白されたのと同じです。

だからこそ、この『大無量寿経』を説き終わられた時、
釈尊は、

これで如来としてなすべきことは、皆これをなせり
と慶喜なされたのは当然でありましょう。

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お釈迦さまと親鸞聖人 [釈迦]

お釈迦さまが人間界にお出ましになられたのは、
「弥陀の本願」一つを我々に伝えるためでした。
ただそれだけを教えれば出世本懐を果たせるのですが、
すべての者を一念で、絶対の幸福に助け、
死ねば必ず極楽に往生させ仏にしてみせる

という弥陀の誓いがあるぞと教えても、
いくら尊容なお姿をお釈迦さまがしておられても
誰も信ずることができず、見向きもしないことは
分かりきっていましたので、
「大無量寿経」以外の7000余巻の
膨大なお経を説かれたのです。
いろいろな善を説き、我々に実際にやらせて、
身をもって善のできない極悪人であることを知らせ、
そして我々の気づいていないところで、
いかに大変な悪ばかりやっているか、
どれほど
罪悪深重のものであるかを教え、
一息切れたら、その報いが必ずあるのだ、
地獄しか行き場のないのがお前たちなのだよと知らせ、
そんなものを助けるために本願を建ててくだ
さった
仏さまがただ一仏だけいるのだ、
それは本師本仏の阿弥陀仏であり、
阿弥陀仏だけに向かえば後生の一大事助けてもらえるぞ!
六道輪廻から出離し、極楽往生できるのだ!
と教えていかれたのです。

(弥陀の本願一つを教えていかれたという根拠は、以下を参照ください。

如来、世に出興する所以は道教を光闡し、群萌を拯い(すくい)恵むに
真実の利を以ってせんと欲してなり
                (大無量寿経)
「私がこの世に現れた目的は、一切の人々を阿弥陀如来の真実の救いに
値(あ)わせるためである」
これは、釈尊がこの世に生まれた目的を、
「全ての人に弥陀の本願を説き聞かせ、絶対の幸福に導くためであった」
と自ら宣言されたお言葉です。

巻頭のこの経文だけでも『大無量寿経』が真実の経であることは明らかですが、
さらに巻末にも釈尊は、次のように仰っています。

当来の世に経道滅尽せんに、我慈悲を以て哀愍し、
特に此の経を留めて止住すること百歳せん。
               (大無量寿経)
「やがて『法華経』など一切の経典がなくなる時が来ても、
この『大無量寿経』だけは永遠に残り、すべての人を絶対の幸福に導くであろう」
「百歳せん」とは「永遠に」の意。
(「百年」ならば「一百歳」といわれます) )

お釈迦さまが涅槃の雲にお隠れになられた後、
龍樹菩薩、天親菩薩、曇鸞大師、道綽禅師、
善導大師、源信僧都、法然上人の七高僧方が
弥陀の本願を命を懸けてお伝え下されましたが、
親鸞聖人ほど、鮮明に、我々が受け取りやすいように
教えていかれた方はありません。
だから世界の光と讃仰される本当の理由があるのです。

それにかんしては、以下をご参照ください。
親鸞聖人の教えって?


タグ:大無量寿経
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仏教とは、どういうものか? [釈迦]


仏教は難しいと言う人がいます。
それは仏教の本末を聞かないからです。
今から2600年前、インドに出現された釈尊が、
35歳、大宇宙で最高の仏の悟りを開かれ、
80歳でお亡くなりになられるまで、
説き続けられた教えが仏教です。

仏教の本末は
病人と医者の関係に譬えられます。
まず苦痛を訴える病人がいます。
このまま放置すれば死んでしまう。
次に病人を何とか助けてやろうという
医者が現れます。
医者は素手では病気は治せないので、
薬を作ります。
その薬を病人に与えると、
病気が全快する。
苦痛と死の恐怖から救われた病人は、
医者に心から全快のお礼を言います。

つまりどういうことかといいますと、
我々、衆生という病人がいたから、
阿弥陀仏という医師が現れられました。
阿弥陀仏は素手では病気は治せないので、
六字の名号という妙薬を完成されました。
その薬を我々がいただくと病気が全快します。
それを信心決定(しんじんけつじょう)といいます。
信心決定したら、阿弥陀仏にお礼を
言わずにはおれなくなります。
それが称名念仏です。

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仏教の「本」である、
我々衆生が病人であるということですが、
その病名は、「無明業障のおそろしき病」
と言います。

オバマ大統領からホームレスに至るまで、
「無明業障のおそろしき病」にかかっています。

恐ろしいのは自覚症状がないということです。
病気であるという証拠は、
人類がみな苦しんでいるということです。

お金や財産に恵まれない人ばかりではなく、
富豪や王侯貴族といわれる人たちも、
苦悩しています。

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徳川家康といえば、
誰もが知るこの世の大成功者でありましたが、
所詮は苦悩の人生でした。
「人の一生は重荷を背負うて
遠き道を行くがごとし」
死ぬまで重荷をおろせず、
苦悩の連続であったと自戒された言葉です。

女流作家の林芙美子の
「花の命は短くて、苦しきことのみ多かりき」
は多くの人の共感を呼んでいます。

ダイアナ妃といえば、
英国王室の華でしたが、
王室での生活はこの世の地獄、
夫の不倫、拒食症、過食症、
愛人の裏切り、自殺未遂など、
苦の連続でした。

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誰もが苦しんでいます。
日本国内の自殺者は、年間三万人もいるのです。
病人でなければ、何でしょうか。


この心の病気を「無明業障」といいますが、
無明とはここでは煩悩のことです。
(無明の闇の無明とは意味が違います。)
我々には百八の煩悩があると釈尊は教えられています。
その代表が、欲、怒り、愚痴の、三毒の煩悩です。
業障とは、これら欲、怒り、愚痴などの煩悩で、
造り続ける悪業、罪悪が、
悪因悪果、自因自果の因果の法則により、
必ず自己の上に
「障り」=不幸、災難となって返ってきます。

それによって、この世も苦しみ、
未来も大苦悩の世界に
堕ちてゆかなければなりません。

これを業障と言われるのです。
三毒の煩悩で、どれほど日々、
罪悪を重ねるか、知らねばなりません。
親鸞聖人は照らし抜かれたご自身の姿を
「罪悪深重」「一生造悪」「地獄一定」と懺悔しています。
我々もまた同じ極重の悪人なのです。


それでは検証してみましょう。


●欲の心で罪悪の造りどおし

①殺生罪の悪逆非道

まず欲の心で造る悪ですが、
食欲でどれほど殺生罪を造っているでしょうか。
殺生罪とは、衆生を殺す罪であり、
衆生の中には人間以外の動物も入ります。
人を殺すのも、牛、豚、鶏を殺すのも、
同じ殺生罪です。

人間が平和を願うように、動物とて、
健康で長生きしたいのです。
生命は同根と、仏教は教えています。
生き物を殺すのは罪なのです。

逆になって考えてみれば分かります。
譬えば、人間以上の知能を持つ動物がいたとして、
その者が我々の妻子や兄弟を
次々と捕まえて五体をバラバラにし、
焼いて食べたなら、
我々はその連中の悪逆非道を
どれほど怨むでしょうか。
殺生罪にも、自分で殺す自殺、
他人に頼んで殺させる他殺などがあり、
牛肉、魚などを買って食べるのは、
仏教でいう他殺にあたります。

アメリカでは、年間四千万頭もの牛が殺されます。
一日に換算すれば十万頭です。
有無を言わさず、
牧場から食肉処理場へ連行して殺し、
その牛肉が日本にも輸入されます。
我々は日々、どれだけの生き物を
無惨に殺して食べているでしょうか。

生まれてから今日まで何千、何万もの命を
犠牲にしているのです。

そんな殺生罪の報いが今、現れたならば、
この体、何万回、バラバラにされても
少しの文句も言えないのです。

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②財欲による親殺し

財欲でも恐ろしい罪を造ります。
親殺しは仏教では、五逆罪という重罪ですが、
体で殺さずとも、心中で親の死を願えば、
心で親を殺す五逆罪です。

親が中風で寝たきりになり半年にもなると、
看病疲れで、ひそかに親の死を願います。

子供の病気ならば、
どれほど大金をかけても治そうとするが、
年老いた親の病気に
それだけの気持ちは生じません。

近所の医師を呼び、
その医者が帰りがけ、若夫婦に、
「今晩辺りがヤマですよ、よく注意していてくださいよ。」
などと耳打ちしてゆこうものなら、
ひそかに葬儀の準備を考えます。
子供がそうなったときと比較してみれば、
いかに親をおろそかにして、
心の中で邪魔者扱いしているかが分かります。

③色欲や名誉欲(女の決闘)

色欲や名誉欲でも悪の造りどうしです。
フランスの哲学者、ポール・ヴァレリーに、
次のような名言があります。
「もし人間がまなざしで
女性を犯すことができたら、
街は妊婦でいっぱいになってしまうだろう。
もし人間がまなざしで
人間を殺すことができたなら、
街は死体でいっぱいになってしまうだろう。」
色情を抱いて女性を見る男性は心中で、
その女性を犯しているのです。


同年配の女性同士がすれ違う時など、
互いに頭の先からつま先までの値踏みをし、
自分の服装、持ち物などと比較し、
勝負を決めようとします。
自分が負けたと思ったとき、
相手を心で切り刻みます。
あたかも巌流島の決闘の如きすさまじさです。

まさに「愛欲の広海に沈没(ちんもつ)し、
名利の大山に迷惑して」
と親鸞聖人が言われるとおり、
名誉欲、財欲、愛欲、食欲などで、
一生造悪の我々なのです。
その結果、
この世は自業苦(ジゴク・自分の業の障りで苦しむ)、
未来も地獄。
自分の業が生み出す大苦悩の世界で
八万劫中、のたうち回る後生の一大事が、
必ず起きるのです。

これを「無明業障の恐ろしき病」に
かかっているというのです。


●諸仏方も見捨てられた私たちの死んだ心

この病人を何とか助けようと
出現された名医が阿弥陀仏です。

実は、大宇宙の諸仏方も一度は、
苦悩の衆生を助けようとしてくだされたが、
我々の罪が余りにも重く、
とても救済は不可能と
見捨てられてしまいました。

その我々とは、どれだけ周囲に
無常の風が吹いていても、
少しも自分が死ぬとは思わず、
悪を悪と思いません。

地獄と聞いても皿一枚割ったほどにも驚かず、
極楽と聞いても喜びません。
後生の一大事を少しも一大事と思わず、
あわてる心もありません。

金が心配で寝られないことはあっても、
後生の一大事が心配で
寝られないことはありません。

仏法に向かっては、
キュトン、ポカン、ボーとした心しかないのです。

まさに「屍」の心です。

我々の本心は死んだ心、
屍と仏教は教えます。
諸仏では、屍は生き返らせることは
できませんでした。

こんな衆生の心を救うことは、
「太平洋のような大海の水を貝殻で汲み干し、
海底の宝物を手をぬらさずに
取ってくるより難しい。」
と『大無量寿経』には説かれています。

だから諸仏の手では到底及ばなかったのです。

この間の消息が、蓮如上人の
『御文章』二帖八通に書かれています。
「それ十悪五逆の罪人も、
五障三従の女人も、空しく皆、
十方諸仏の悲願に洩れて、
捨て果てられたる我等ごときの凡夫なり」


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●救済の試行錯誤

諸仏が見捨てた病人を、唯一人、
救おうと立ち上がってくださった方が
阿弥陀如来です。

蓮如上人は続けて仰っています。
「然ればここに弥陀如来と申すは、
三世十方の諸仏の本師本仏なれば、
久遠実成の古仏として、
今の如きの諸仏に見捨てられたる末代不善の凡夫、
五障三従の女人をば、
弥陀に限りて『われひとり助けん』
という超世の大願を発して、
われら一切衆生を
平等に救わんと誓いたまいて
無上の誓願を発してすでに南無阿弥陀仏と
成りましましけり」
              (御文章二帖八通)

阿弥陀仏は諸仏の王であり、
師匠であり、最尊第一の仏です。
弟子の諸仏の手に負えない我々衆生を、
命にかけても助けてみせる、
屍を生まれさせてみせるとの大願を
起こしてくださいました。
何しろ、大海の水を貝殻で汲み干し、
海底の宝物を得るという難中の難事であります。
医師がエイズのような難病に取り組んで、
原因と救済の方法を求めて試行錯誤するように、
阿弥陀仏は、思惟に思惟を重ねられ、
その間、実に五劫に及びました。
一劫とは、四億三千二百万年です。

かくて大海の水を汲み干し宝物を得るには、
どうすればよいか、
という壮大な阿弥陀如来の本願が建立されました。
これを弥陀五劫思惟の願といいます。
薬で言えば処方箋、製造方法が確立したのです。


●特効薬の完成

次に阿弥陀仏は、医師が世界各地から
必要な材料を集めて、
精製し、調合し、実験を重ねて、副作用なく、
病原を取り除く薬を完成するように、
修業に次ぐ修業を重ねられました。
その期間は兆載永劫という長年月です。

十劫の昔に、我々の恐ろしき病の治る特効薬、
南無阿弥陀仏の六字の名号大功徳を
完成なされたのであります。


●病気全快した大歓喜

このような、阿弥陀仏の五劫思惟、
兆載永劫のご修業の仏説が真実であった、
と知らされるのは、
自身が、この特効薬をいただいて、
無明業障が全快した時です。

親鸞聖人は二十九歳の御時、
法然上人に導かれて、
阿弥陀仏に救い摂られた時、
「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、
ひとえに親鸞一人がためなりけり。
されば若干(そくばく)の業をもちける身にてありけるを
助けんと思召したちける本願のかたじけなさよ」
              (歎異抄)
と泣いて喜んでおられます。

法然上人が救われたのは
四十三歳の御時でありました。

それから八十歳でお亡くなりになるまで、
いつも『大無量寿経』の、
五劫思惟・兆載永劫の御文を念誦される時、
涙を流しておられました。
ある時、お弟子がそれをいぶかしく思って
尋ねてみると、
「この愚痴の法然坊、
十悪の法然坊を助けんがために、
五劫の間、思惟して下され、兆載永劫の間、
ご修業をしてくだされたことを思えば、
お慈悲のほどが身にしみて、涙がこぼれる」
と仰せられたと記録に残されています。

若い娘が悲恋の物語を読んで
涙を流したというなら、誰も驚きません。
女性は感情的であり、特に若いときは感受性が強く、
よくあることでしょう。

しかし、五十代、六十代の男性である法然上人が、
難化な経典を念誦されては
涙を流されたことは一般には驚きでしょう。
それほどに深く、
弥陀如来の五劫思惟・兆載永劫の
ご修業の大恩を知らされておられたのです。

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タグ:仏教の本末

我々とはどんなものなのか、釈迦が説く、「人間の実相」 [釈迦]

仏説譬喩経で説かれている、我々人間の実相

マイホームを新築すると、火災保険に入りますね。
もしものことがあったら、大変だからです。
老後に備え、貯蓄に励む人もいます。
それも大事ですが、
一生涯火事に遭わない人もありますし、
老後を迎えず早死にする人もあるでしょう。
多額の保険料を支払い、
万が一に備える一方で、
確実に訪れるにもかかわらず
忘れがちなものが、「死」です。

仏法は、「後生の一大事」に始まり、
その解決に終わると言われます。

「後生」とは、死んだ後。
想像を絶する大事件が起きるので、
「一大事」と釈尊(釈迦)は仰いました。

親鸞聖人は九歳の御時、
「死ねばどうなるのだろう」と後生に驚かれ、
二十年間の仏道修業を比叡山で開始されました。

二十九歳で、後生の一大事を救い摂られた聖人の、
その後のご活躍は、この大問題と解決の道を
知らせる以外にありませんでした

京にまします老聖人を、
それまでご教導賜っていた関東の同行が、
「ことは後生の一大事!
親鸞さまから聞かせていただきたい」
と決死の旅を敢行したことでも明らかです。

「後生の一大事」とはどんなことか、
釈尊(釈迦)は、
『仏説譬喩経』というお経に、
次のような譬えを説かれました。

背後に迫る無常の虎(仏説譬喩経の説法)

今から幾億年という昔である。
草の生い茂った果てしない昿野を、
淋しい秋の夕暮れに、
トボトボ歩く一人の旅人があった。
出稼ぎの帰りだろうか、
稼いだものを背負って、
妻子の待つ家へと急いでいた。
ふと旅人は、薄暗い野道に、
点々と散らばる白い物が目に止まった。
はじめは気にも止めなかったが、だんだん多くなる。
「いったい何だろう」と拾い上げて驚いた。
人間の白骨ではないか。
墓場でも火葬場でもない所に、
なぜ白骨がたくさんあるのか。
不気味に思って、
歩けなくなったのである。


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間もなく旅人は、
前方から異様なうなり声と足音を聞いた。
凝視すると、飢えに狂った獰猛な大虎が、
まっしぐらに向かってくるではないか。
瞬時に旅人は、白骨の意味を知った。
「自分と同じように旅していた者が、
あの虎に食い殺された残骸か!」
と思うが早いか、無我夢中で、
もと来た道を戻ったのはいうまでもない。
しかし所詮は、虎と人間の競争である。
猛虎の吐く息をすぐ後ろに感じ、
「もうダメか!」と思ったとき、
どう間違えたか、
断崖絶壁の頂上にたどり着いたのだ。

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九死に一生を得る。

「しまった!」と叫んだが、どうにもならない。
断崖には松の木が生えていたが、
虎は木登りが上手いので、登っても無駄である。
気が動転した旅人は、
意味もなく辺りをうろついていたが、
木から藤蔓が垂れ下がっているのに気がついた。
それを伝ってスルスルと降りたのと、
虎が断崖へ走り寄ったのとは同時であった。
まさに九死に一生を得た旅人は、
大きく安堵して見上げると、
せっかくの獲物をあと一歩で逃した虎が、
無念そうに吠えながら見下ろしている。
「やれやれ、この藤蔓のおかげで助かった。」
と足下に目を転じたときである。

旅人はあっ!と叫んで硬直した。
宙吊りの下には、怒濤逆巻く深海が絶壁を洗い、
白い波が牙をむいている。
さらに波間から三匹の毒龍が、
赤い焔(ほのお)を吐きながら旅人が落ちるのを
待ちかまえているではないか。

恐怖のあまり、旅人は震えが止まらず、
藤蔓をしっかり握り直さずにはいられなかった。


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ところが、人間の感情は続かないものである。
大学合格や結婚できた喜びも、
瞬く間に薄らいでいく。
子供を失ったり家を焼いてしまった悲しみも、
だんだん癒される。
「藤蔓に捕まっていさえすれば大丈夫だ」
と思った旅人は、やがて落ち着いてきた。

すると空腹なのに気がついた。
周囲に食を求めて眺めると、旅人は、
虎や深海や龍よりも
もっと恐ろしい光景を目のあたりにする。
藤蔓の元に白と黒のねずみが現れ、
命の綱である藤蔓を交互に
ガリガリとかじっているではないか。

顔面蒼白、歯はガタガタ鳴る旅人は、
何とかネズミを追い払おうとして藤蔓を揺さぶったが、
ネズミは一向に逃げようとせず、かじり続けている。
ただ、藤蔓を揺さぶるたびに、
ポタポタと落ちてくるものがあった。
手にとると、上質のハチミツではないか。

松の木に蜂の巣があるので、
蜜が落ちてきたのである。
それを一口なめた旅人は、
もともとの空腹なところへごちそうを与えられ、
陶然と蜂蜜に心を奪われてしまったのである。
そして、虎も深海もネズミのこともすべて忘れ、
「もっと蜂蜜をなめたい」という心だけで、
藤蔓を揺さぶるようになったのだ。


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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「お釈迦さま、その話はもうおやめください!」
これまで静かに聞いていた勝光王という王様が、
手をあげて遮りました。
「その旅人は、なんと愚かなんでしょう。
この先どうなるかと思うと、恐ろしくて聞いておれません。」
すると釈尊は、
王よ。この旅人とは、そなたのことなのだ。
いや、そなただけでなく、
ここに集まっているすべての人であり、
全人類の姿である。」

と仰いました。


これは何を譬えているのでしょうか。
今から解説します。

ひとりぼっちで連れがいない、人生は孤独な旅

まず、旅人とは、「私」の姿であり、
すべての人の姿です。
古来、人生を旅人に譬える人は多くありました。
旅人が歩いていたのは、秋の夕暮れ時でした。
春夏秋冬でもっとも淋しいのは、秋。
これは人生の底知れぬ淋しさを表されています。

なぜ淋しいのか。
人生はひとりぼっちだからです。

『大無量寿経』に釈尊は、
独生独死、独去独来」と仰いました。
「独り生まれ独り死ぬ。
独り来たのだから
独りで去らなければならない。」

家族や友人は、
肉体の連れでしかありません。

例え、親や兄弟でも、まして夫婦ならなおさら、
相手を本当に理解することができるでしょうか。
もしできるなら、不幸な離婚や
遺産相続争いは起こらないはずです。

飢えた虎=無常

私たちは、歳を経るほどに、
人の死を見たり聞いたりすることが多くなります。
旅人が歩くほどに増えてきた白骨は、
他人の死を表しているのです。

「あの人が死んだ!?昨日、話したばかりなのに」
という経験もするでしょう。
白骨を拾って驚いた旅人のように、
私たちも、そんなときは随分驚くではありませんか。

しかし、死ぬのは他人だけではありません。
我が身に無常の風が吹くのです。
それが飢えた虎です。

慌てふためき、何とか逃れたいと思います。
不治の病と宣告されたら、いくつもの病院を訪ね、
莫大な費用を要してでも、
何とか助かりたいと必死になるでしょう。
乗っていた飛行機が、エンジントラブルで
降下し始めたらどうでしょうか。
一時は病気が小康を得ても、
また九死に一生を得て大事故から生還しても、
永遠に救われたのではありません。

あたかも死は、
手のひらで生をしばらくもてあそび、
やがてぎゅっとひねりつぶすかのようです。

決して逃げ切れません。
無常の風ほど残虐なものはないので、
飢えた虎に譬えられたのです。


刹那の幸福

次に松の木は、この世の幸せは
無常の垣根にはならないこと
を示しています。

金も名誉もある、マイホームを手に入れた、
家族全員が健康で仲むつまじい、
等の幸せは大切ですが、
もろくも崩れ去ってしまいます。

東北の大震災の被害者しかり。
営々と築いてきた幸福が
あてにならないと分かったとき、
最後に私たちが頼るのは、自分の命です。

ところが、平均寿命八十歳と聞くと、
長いように錯覚しますが、
細い藤蔓のようなもので、
アッという間でしかありません。

第二次世界大戦や、経済の復興、
東京オリンピックにしても、
瞬く間に消えていった、
泡のようではないですか。

その藤蔓をかじっている白と黒のネズミは、昼と夜です。
間断なく、昼と夜が、交互に寿命を縮めています。
昼に死んだ人は、白のネズミに噛み切られ、
夜に亡くなった人は、黒のネズミに噛み切られたのです。

このネズミには、盆も正月もありません。

耐えることのできない、無間地獄の苦しみ

藤蔓が切れたら旅人は、底の知れない深海へと
落ちてゆかねばなりません。
深海とは、地獄です。

地獄と言うと、虎の皮のふんどしをはいた鬼が、
罪人を切り刻んだり、
釜茹でにしているような絵図を思い浮かべ、
おとぎ話と片づける人があるかもしれません。

「地獄」とは、中国語の翻訳で、釈尊はインドの言葉で
「ナカラ」と説かれました。
苦しみの世界という意味です。

一息切れた後に、
大苦悩の世界があるということです。
「仏語に虚妄なし」
と言われますように、
仏様である釈尊のお言葉に
嘘はありません。

想像を絶する苦しみゆえに、
「譬えをもっても説けない。」

と釈尊は仰いましたが、
「それでも教えていただきたい」
と願う仏弟子たちの懇願に、
次のようにも説かれています。

「朝百本の槍で突かれる。
昼にまた百本、夜に百本、
一日に三百本槍で突かれてもなお死ねない
苦しみをどう思うか。」
「一本でもひどいのに、
三百本の槍とは、想像も及びません。」
お弟子が答えました。
み手に小石を拾われた釈尊は、
「この石と、向こうにそびえるヒマラヤ山とは、
どちらが大きいか。」
と尋ねられました。
「それは大変な違いです。」と答えると、
一日三百本の槍で突かれる苦しみを、
この小石とするならば、
地獄の苦は、かのヒマラヤ山の如しである。」

と釈尊は仰ったのでした。

想像も及びません。


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地獄を生む三匹の毒龍

なぜ私たちは、地獄へ堕ちねばならないのでしょう。
地獄は、三匹の毒龍が生み出した世界です。
これは貪欲・瞋恚・愚痴の三毒の煩悩を表します。

青い龍は貪欲(欲)の心。
無ければ欲しい、あってもなお欲しい底なしの深さを、
青で表されました。

赤い龍は瞋恚(怒り)の心です。
カーッとなったら、前後の見境なく怒りをぶちまけ、
後は野となれ山となれ、相手だけでなく、
自分をも焼き尽くします。
無謀に始まり、後悔が残るほかないのが、
恐ろしい怒りの心です。

ウラミやネタミの愚痴が、黒い龍です。
他人が不幸な目に遭うと、いい気味だとほくそ笑み、
幸せにしていると、にがにがしく思う、何とも醜い心を、
私たちは持っています。

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これら煩悩に汚れ、悪しか造れない私たちは、
悪因悪果・自因自果の因果の道理に狂いなく、
暗い心で地獄へ堕ちねばならないのは必然です。

つまり地獄は、自分の行いが生み出した世界ですから、
絶対に逃れることはできません。


そのような絶対絶命の危機にもかかわらず、
私たちは死を忘れ、
罪悪をおざなりにし、
蜂蜜ばかり追い求めています。

蜂蜜とは、
○食欲(食べる楽しみ)
○財欲(金を貯める楽しみ)
○色欲(男女の楽しみ)
○名誉欲(誉められる楽しみ)
○睡眠欲(眠る楽しみ)

「地獄へ堕ちるのではなかろうか」
と心配しているのなら、
まだ救われようもあるでしょう。
旅人は、蜂蜜をなめながら、
笑って地獄へ落下していくのです。


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(親鸞聖人)

実践して初めて分かる、必堕無間の己の姿

死んで地獄へ堕ちる魂の大問題が、
後生の一大事です。

親鸞聖人は九歳で出家をなされてより二十年間、
比叡山で修業に専心され、煩悩と闘われました。
煩悩を抑えねば助からないのが、
『法華経』の教えだからです。

ですが、やればやるほど、見えてくるのは、
煩悩から離れきれない自己の姿でした。
体は行に打ち込んでも、
心は蜂蜜を追い求めている。

「定水を凝らすといえども、識浪しきりに動き、
心月を観ずといえども、妄雲なお覆う。
しかるに一息つがざれば、千載に長う往く」
                   (歎徳文)
今、一息切れたならば、後生は一大事である、
との悲痛な聖人の心情が伝わってきます。
これこそ、親鸞聖人のご修業の原点でした。

蓮如上人もまた、
「後生ということは、
ながき世まで地獄に堕つることなれば、
いかにもいそぎ後生の一大事を思いとりて、
弥陀の本願をたのみ、
他力の信心を決定すべし。」
と仰っています。

善をしようとすればするほど、
善のできない自分がわかり、
後生は一大事と知らされます。

実践せねば、わかりません。
また後生の一大事が知らされて初めて、
なんとか解決したいと、真剣な聞法求道になるのです。

「いずれの行も及び難き身なれば、
とても地獄は一定すみかぞかし」
                   (歎異抄第二章)
地獄行き間違いなしの我が身に、
親鸞聖人は悲泣なされました。

仏法を求める目的は、
後生の一大事の解決以外になく、
人生の目的もまた、
一大事の解決である
ことを、
早く、一人でも多くの方に、
知っていただきたいと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



何か感じるものがありましたら、
応援お願いします。(^^)

仏教・ランキング


タグ:人間の実相

仏教の生命観が子供を救う [釈迦]

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近年、子供たちの人命軽視の事件が後を絶ちません。
文部科学省では、
「これまでも『命を大切にする教育』の重要性が
言われてきたが、十分な成果を挙げていない」
との反省に立ち、
改めて家庭、学校、社会のすべての大人たちが、
次世代の子供たちに「命を大切にする教育」を、
実効あるものとしていく必要があると訴えています。

「人が死ぬとは、どんなことなのか」
「なぜ命は、かけがえがないのか」

正しい生命の実相を知らなければ、
大人も子供も救われません。
仏教を説かれたお釈迦さまから、
お聞きしましょう。


長崎で、12歳(中学生)の少年が、
4歳の男の子をビルの屋上から突き落とし、
殺害した事件は、昨年7月のこと。(平成16年の記事です)
子供たちによる、相次ぐ人命軽視の事件を受け、
全国の学校では「命の大切さ」を
繰り返し訴えてきたといいます。
ところが、そのさなか、またしても、長崎佐世保にて、
小学6年生の女子による同級生殺害事件が起きました。
命の大切さを、日頃から教えてきたことは無意味だった。
肩を落とす校長先生の姿が、
現代の闇を一層浮き彫りにしました。

“これまでの取り組みでは不十分”との反省に立ち、
文部科学省は8月末、新たな対策として、
「児童生徒の問題行動対策重点プログラム」を公表しています。
その中で文科省は、
「自他の生命のかけがえのなさ、誕生の喜び、死の重さ、
生きることの尊さなどを積極的に取り上げる場や機会を増やす」
とうたい、これまで子供たちに恐怖感を与えるとして、
意図的に避けてきた「死の問題」を、
積極的に授業で扱うことを提唱したのです。
NHKの人気番組「クローズアップ現代」は、全国に先駆け、
「死」の教育を始めた長崎県のある小学校を取り上げ、
反響を呼びました。

番組中、教師たちは、
“死をタブー視することが、かえって正しい「死」の認識を妨げ、
「生」を軽んずる結果にもつながっているかもしれない”
と、考え始めています。

●「死んでも、また戻ってこれる」
       ーーー子供たちの死生観

生死一如」という、有名な仏教の言葉があります。
生と死は、紙の裏表。
切り離すことはできない。
言い換えれば、
死を考えることを避けては、
本当の生を送ることはできない
、ということです。
命の大切さを知るのは、死の厳粛さに目を向け、
正しく知ることから始まります。

ところが先のNHKの番組では、
「死のイメージ」を尋ねられた子供たちは、
次のように答えています。
「死んだほうが、苦しみをずっと味わわないで楽になれる」
「魂が別の体に移って、一からもう一度やり直せると思う」

続いて、
「人間、死んだら生き返るか」の問いに、
33人中、実に28人の子供が手を挙げているのです。

「死んでも、また生き返り、やり直せる」
マンガやテレビの影響か、子供たちが、
こんな死生観を持っていることに、
驚かずにおれません。

しかし、それでは大人たちは、
死を正しく知っているといえるでしょうか。
子供たちの発言に危機感を抱いた教師たちも、
肝心の「死ねばどうなるか」については、全く触れていません。
正直、分からないからでしょう。
これでは、子供たちの誤った死生観を、
だれが正せましょうか。

子供たちが間違うのは私たち大人の責任なのです。

東大名誉教授の養老猛司氏が発刊した『死の壁』は、
いろいろな意味で話題になりました。
“タイトルに「死」と入れれば売れない”という、
出版界の常識を覆したのは、
多くの人が、死に関心を持っているからでしょう。
しかし、多くの読者が期待した同著の“最終解答”は、
「死について考えるといっても、
自分の死について延々と悩んでいても仕方が無いのです。
そんなのは考えても答えがあるものではない」
「死んだらどうなるのかは、
死んでいないから分かりません。
誰もがそうでしょう」

だったのです。
これでは肩すかしもいいとこ。

養老氏だけではありません。
死にゆくたくさんの患者と接し、
その臨床記録をまとめた『死ぬ瞬間』という
世界的ベストセラーを書いたキューブラー・ロス女史も、
自らの死に臨んで、
“あなたは長い間精神的分析を受けたので、
それが役立っているだろう”という、
インタビュアーの問いに、
精神分析は時間と金の無駄であった」と答えています。

他人の死をどれだけ研究しても、
いざ自分が死ぬとなると、
何の役にも立たなかったと告白しているのです。

有名な無神論者・ショーペンハウエルは、
臨終の苦悩に責められ、
「おお神よ、わが神よ」と幾度も叫んだ。
彼は平生、死後の世界を否定していたので、
あなたの哲学にも、神があるのですか」
と医者に問われて、
「死に向かっては、哲学も神がいなくては仕方がない。
もし病が治ったら、
今までとは余ほど違った研究ができるであろう」
と告白しています。


世界的文学者ゲーテも死ぬ数分前に、
ああ暗い。光がほしい。光がほしい」と言い、
平生「則天去私」を追求した文豪・夏目漱石が最後に、
ああ苦しい。今死んでは困る」と、
つぶやいたのは有名です。


臨終に際しては、どんな哲学者も文豪も、
平生の信念を覆され、
未知の後生に恐れ、泣いている。

「我未だ生を知らず、いずくんぞ死を知らんや」
かの孔子でさえ、あきらめてサジを投げています。
これでは、子供の幼稚な死生観を
しかることはできません。

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どこにも明答が聞けぬ中、2600年前に、
この生命の実相を明らかにされたのが、
仏教を説かれたお釈迦さまなのです。

お聞きしましょう。

今のジゴクは、
    未来の地獄を生み出す

お釈迦さまは(釈尊)は『大無量寿経』に、
「苦より苦に入り、冥より冥に入る」

と説かれています。
今苦しみ悩みの絶えない者は、
必ず死後も苦しみを受ける。
現在が闇の生活を送っている人は、
死後もまた、闇のジゴクへと堕ちていくと、
教えられているのが仏教です。

地獄とは中国の言葉。
インドではナカラといわれ、今
日の日本の言葉で「苦しみの世界」ということです。
ジゴクはこの世にも死後にもあるのです。

この世のジゴクといいますのは、
毎日が不安な、暗い心で、
生きがいのない生活をしている人をいい、
これをただいまがジゴクへ堕ちている人というのです。
自分の業(行い)が生み出す苦しみですから、
自業苦といわれます。

“苦労して育てておけば、
老いても大事にしてくれるに違いない”
の思惑が外れて、生んだわが子に虐待され、
「こんなことなら生まなきゃよかった」
「子供の無いほうがましだった」
と愁嘆する老母の声は周囲に満ちています。
科学は進歩し、物は豊かになりましたが、
「生まれてきてよかった」と
人生を謳歌している人はどれだけあるでしょう。
満員電車に揺られている人々の顔は
決して明るいものではありません。
日々、同じことの繰り返しで、
「何のために生きているのだろう」
と空虚な心を抱えて暮らしている。


50も過ぎると、仕事の責任を負わされる。
親との死別、子供たちは去っていく。
糖尿、高血圧、神経痛などが持病となる。
更年期障害の妻はいつも不機嫌。
“なぜオレだけが、こんなメに”と
独りたたずむ男性も少なくないようです。
昨年の自殺者は、過去最悪の34400人。
(平成15年のことです)
日に換算すると、実に90人以上が、
この空の下、自ら命を絶っていることになる。
予備軍といわれる「自殺志願者」まで入れたら、
どれほどになるか。
幸せだから自殺する人は考えられません。

現在、闇(ジゴク)に生活を送っている人は、
未来も闇(ジゴク)の世界に
入っていかねばなりません。
死後の地獄について釈尊は、「必堕無間」と、
経典におっしゃっています。

「無間」とは無間地獄のこと。
「死後、必ず無間地獄に堕ちる」ことを、
後生の一大事というのです。

無間地獄とは、絶え間のない苦しみの世界をいいます。
死後の地獄と聞くと、おとぎ話か作り話のように思って、
あざけったり、疑ったりする人があるでしょう。
しかしそれは、本当の仏教を知らない人です。

●八万劫、覚めない悪夢

かつてある布教使が体験した、
こんな話があります。
50年ほど前、ある寺に招待され、
説法に行った時のことである。
寺の住職から相談を受けた。
「先生、うちの寺の世話を永年してくれていた門徒総代が、
新興宗教に迷ってしまった。何とかしてほしい」
そこで、その総代の家に行ってみた。
いろいろ話すうち、だんだん心を開き、
やがて仏教を聞かなくなった本心をこのように、
打ち明けてきた。

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「私はね、仏教で、地獄がある、極楽がある、
というのが信じられない。

あなたは本当に地獄があると思っているのかね」
「地獄は厳然としてある」と答えると、
「それなら、地獄で罪人がまないたの上で切られたり、
鬼がいたり、
地獄の釜があったりするのが事実だと言うんだね」
と食ってかかる。
ならば、地獄の釜を造った鍛冶屋もいるだろう。
あんた、その地獄の釜をこしらえた
鍛冶屋の住所と名前知っているか

と畳みかけてきた。
知っている。住所・氏名だけでなく、
生年月日も知っている

総代は意外な顔をして、
あんた面白いこと言うなぁ。
なら地獄の釜をこしらえた
鍛冶屋の住所・氏名を聞かせてくれ。
そうしたら仏教聞いてもよい

そこで私は、静かにこう言った。
「鍛冶屋の名前は教えるが、
その前に聞いておきたいことがある。
あんた夢を見たことがあるだろう、
それも何か恐ろしいものに追いかけられて逃げている夢を」
「そりゃ見ることもある」
とキッパリ答えるので、
「その時あんたは何で逃げる」
「そりゃ、この足だ」
「その足でか、本当に?」
念を押すと、「足でなきゃ、手で逃げられるか」
と総代は憤慨する。
「しかし、その足は布団の中にあるのじゃないか。
それで逃げるのではないだろう」
「そりゃそうだ、逃げるのは夢の中の足で逃げるのだ」
「つまり、その時のあなたには、
横にしている足と夢の中の足とがあるわけだね」
うなずく総代に、
「逃げる時、振る手も、逃げる体も、
あんたの夢の中の手や体だね」
と確認した。
総代はやはり、黙ってうなずいている。

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私はその様子を見て、
「実は、地獄というのは夢なんだ。
お釈迦さまは地獄というのは夢だと説いておられる」

と諭すように言った。
「何だ、地獄というのは夢かね」
総代は拍子抜けしたように言う。そこで、
「夢かね、と言っても、それは恐ろしい夢で、
八万劫の間、覚めることなく苦しみ続ける夢なんだ。

(八万劫とは、一劫が4億3千2百万年の八万倍の長い期間)
覚めた時は、何だ夢だったのかと思うが、
夢の中ではそうは思えない。
忽然と現れる山も川も、実在だ。
汗を流して苦しみ続ける恐ろしい夢の世界が
地獄ということなのだ」

総代は神妙な面持ちになった。

「しかも、地獄だけが夢じゃない。
この人生もまた夢なのだ。あの豊臣秀吉も臨終に、
“露とおち露と消えにしわが身かな、
難波のことも夢のまた夢”と言っている。
あんたも奥さんと結婚した時を思い出してみなさい。
その奥さんも亡くなった。
その間はあっという間に過ぎてしまったはずだ。
過ぎてしまえばそれも夢じゃないかね」
奥さんの話になると、しみじみ、
「夢ですね。本当に」と言う。
「人生は皆、夢で、“儲かった”“銀行に貯金した”、それも夢だ。
人間界は苦しみの少ない夢だが、
地獄という世界は大変恐ろしい夢が
八万劫中続くということなのです」

このように言うと、総代はハッと思い出したように、
尋ねてきた。
「夢のことは分かったが、あの鍛冶屋の話はどうなった」
「これだけ言えば分かると思うが、
地獄の釜を造った鍛冶屋は私だ」
と答えると、
「私?それはどうして?」
「あなたはこんな歌を知りませんか。
『火の車 造る大工はなけれども 己が造りて 己が乗りゆく』
地獄というのは夢のように一人一人が造って
一人一人が堕ちていく世界なのです」

このように話すと、総代は次第に理解し、
やがて自己の浅はかさに気づき、
再び仏法を聞くようになった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

先の歌の中で、「火の車」とは、苦しい状態、
つまり地獄を表します。
自らが造った悪業が、生み出す世界が地獄なのです。
親鸞聖人は、この一大事を、
「呼吸の頃(あいだ)すなわちこれ来生なり。
一たび人身を失いぬれば万劫にも復らず(かえらず)。
この時悟らざれば、仏、衆生を如何したまわん。
願わくは深く無常を念じて、徒(いたずら)に
後悔を胎す(のこす)ことなかれ」

と、おっしゃっています。

“呼吸の頃(あいだ)すなわち来生なり”とは、
吐いた息が吸えない時から来生、
死後が始まるということです。
「一たび人身を失いぬれば万劫にも復らず」
一息切れたら、永遠に戻らぬ人生になるぞと、
後生の一大事を警鐘乱打しておられるのです。

●仏教に説かれる唯一のこと

釈尊は、この生死の一大事、後生の一大事の解決は、
大宇宙最高の仏、阿弥陀仏の本願によらなければ
絶対にできないのだとおっしゃっています。

よく、「釈迦も、阿弥陀仏も名前が違うだけで、同じ仏だろう」
と言う人がありますが、
弥陀と釈迦は全く違う仏なのです。

ここは大切なところなので、よく知ってください。
地球上で仏のさとりを開かれたのは釈迦だけですが、
大宇宙には地球のようなものは無数にあり、
その大宇宙には数え切れないほどの仏が現れていると
経典に説かれています。
これを十方諸仏といい、釈迦もその中の一仏です。

その十方諸仏の本師本仏が、
阿弥陀如来なのです。

蓮如上人は、『御文章』に、
「弥陀如来と申すは、
三世十方の諸仏の本師本仏なれば」

とハッキリ教えられています。
本師本仏とは、師匠、先生ということですから、
阿弥陀仏と釈迦仏の関係は、師匠と弟子、
先生と生徒に当たります。

弟子の務めは、先生の御心を正しく、
一人でも多くの人に
お伝えする以外にありませんから、
弟子である釈迦は、
先生である阿弥陀仏の本願一つを生涯、
教えていかれました。

それを親鸞聖人は『正信偈』に、
「如来所以興出世、唯説弥陀本願海」
(釈迦如来、この世に興出したもう目的は、
唯、弥陀の本願を説くためであった)
と、おおせになっているのです。

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●かけがえのない命の意味

弥陀の本願とは、すべての人を、
“必ず浄土へ往けるに間違いない身に救う”
というお約束ですから、
弥陀に救われれば、
後生の一大事が解決し、いつ死んでも、
弥陀の極楽浄土へ往生できる身となります。

“必ず浄土へ往ける”大満足に生かされ、
生きてよし、死んでよし、
恨みとのろいの人生が、
感謝と懺悔の光明の人生と転じ変わり、
同時に、
「人身受け難し、今已に受く。仏法聞き難し、今已に聞く」
人間に生まれたのは、
この幸せを獲得するためであったのだと、
手の舞い、足の踏むところのない
生命の大歓喜がわき起こるのです。

では、この一大事は、いつ解決できるのでしょうか。
親鸞聖人は、
「この時悟らざれば、仏、衆生を如何したまわん」
とおっしゃり、死んでからではないぞ、
生きている今、解決できなかったら、
仏さまといえど、救うことはできないのだぞ

教えられています。
私たちは無常の身です。
いつ死がやってくるか分かりません。
吐いた息が吸えなかった時から、次の生です。
だから聖人は、
「呼吸の頃(あいだ)すなわちこれ来生なり」
とおっしゃっているのです。
吸う息吐く息が、
死と触れあっていることが知らされます。
されば、「生きている今」といっても、
「呼吸の頃(あいだ)」におさまり、
今の一息一息に、
未来永遠の浮沈がかかっていると、
知らされるではありませんか。
永遠のチャンスは今しかありません。
私たちはこの一瞬の人生で、
弥陀の本願を聞信し、
未来永劫の魂の解決をするために
生まれてきたのです。

なぜ自殺をしてはいけないのか。
なぜ、命はかけがえないのか。
この大目的があるからです。

●天上天下、唯我独尊

そのことを教えられた釈尊の有名なお言葉があります。
約2600年前、ルンビニー園で誕生された釈尊は、
天と地を指さされて、
「天上天下、唯我独尊」とおっしゃいました。
これを多くの人々は、
「この世でいちばん偉くて尊い者は、自分一人である」
と、釈尊が威張られたことのように誤解し、
大変うぬぼれた言葉のように扱っています。
しかし、これは、決してそのような心で
おっしゃったものではないのです。
この「我」は、釈尊だけのことではなく、
人間一人一人のことです。
だから、人間だれしも釈尊と同じように、
「天上天下、唯我独尊」
なのであり、またそう言えるのです。
「独尊」とは、たった一つの尊い使命ということです。
ですから、
「天上天下、唯我独尊」
の正しい意味は、
我々人間は、天上天下広しといえども
たった一つしかない聖なる使命を果たすべく、
この世へ生まれて来たのだということなのです。
それは、弥陀の本願を聞信し、
未来永遠の幸福を獲得することにほかなりません。

この使命を知り、この使命に向かって全力を挙げ、
この使命を成就した時にこそ、
すべての人が、天と地に向かって、
「天上天下、唯我独尊」
と、絶叫せずにおれなくなるのです。
仏法に明らかな、
かけがえのない命の尊厳を知り、
自殺や殺人がなぜいけないのか、
生きる目的、幸せとは何か、
子供たちにも
ハッキリと伝えていきたいものです。

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何か感じるものがありましたら、
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仏教・ランキング


釈迦はいかにして仏になられたか [釈迦]

仏教とは仏の教えである。
仏教を理解するには、
最初に「仏」とは何かを知らねばならない。
世間の常識では「仏」と言えば
「死んだ人」のことのように思われている。
テレビの捕物帳、刑事物では、必ず殺人事件が発生し、
主人公が来て、「この仏の身元は分かったか」などと言う。
犯人が捕まらなければ、「これでは仏が浮かばれない」
逮捕されれば「これで仏も浮かばれる」という具合である。
「死んだら仏になる」というのは、大変な誤解である。
単純に考えても仏が死人ならば、
仏教は「死人の教え」となってしまう。
死者が仏教を説けるはずもなく、
何かがおかしいと気づいて当然だ。
死人が仏ではないのである。

無上の覚(さとり)・仏

では仏教でいう「仏」とはどのような方か。
「仏」とは、さとりの名称である。
仏教では「さとり」にも低位のものから最高位まで、
五十二の位があると説かれている。
これを「さとりの五十二位」という。

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それぞれの位に独特の名称がついており、
例えば、天台宗の開祖・天台は、
下から九段目の「五品弟子位」までさとっている。
中国の南嶽慧思(なんがくえし)は、
その上の「六根清浄位」に至っており、
『正信偈』に登場するインドの龍樹菩薩は、
最初、難行の末に四十一段目の「初歓喜地」まで到達している。
五十二段のいずれにも、このような名称があり、
この中の最高位を「仏のさとり」と言うのである。
究極のさとりであり、
全仏教徒は、最終的にここを目指すのだ。

故に仏のさとりには次のような数多くの異称がある。
仏覚・・・仏の覚(さとり)
妙覚・・・絶妙な覚
無上覚・・無上の覚、これ以上は無い。
大覚・・・大いなる覚
正覚・・・正しい覚
この仏の覚(さとり)まで到達された方のみを
仏教では「仏」と言うのである。



釈尊のご生誕

では人類史上にそのような方がおられるのか。
今日まで、この世で仏の覚に至った方は、
釈尊ただお一人である。

末法の時代ともなれば、少しばかりの修行で慢心し、
「我は仏の覚をえた」と大言して大衆を惑わす者が多く現れる、
と経典に説かれており、
好実例として「我は最終解脱者なり」と吹聴した
麻原彰晃などがいる。
これらは論外だが、
なにしろ「釈迦の前に仏なし、釈迦の後に仏なし
と言われるように、釈尊のみである。

そこでまず、釈尊がいかにして仏のさとりに到達されたのか、
知る必要がある。
釈尊は、約二千六百年前、
インドに誕生された。
父を浄飯王、母はマーヤ夫人といい、
住む城をカピラ城、その国名をカピラエ国と言った。
ヒマラヤ山麓に位置したカピラエ国は、ちょうど、
千葉県程度の広さの国であり、
決して大国ではなかった。
部族名を釈迦族と言い、
釈尊はそこに君臨する国王夫妻の王子として
生を受けられた。
久しく子供に恵まれなかった夫妻であるが、
白象が体内に入る夢とともに懐妊した。

出産が近づき、居住するカピラ城から、行列を連ねて、
夫人の実家であるくり城に向かわれる途中、
ルンビニー園という花園で休息し、そこに咲く、
純白で香りの良い無憂樹が、余りに綺麗であったので、
一枝、手折ろうとされたとき、急に産気を感じ、
王子を出産されたのである。

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ときに四月八日、百花繚乱の花園にちなんで、
釈尊の誕生を祝う行事を
「花まつり」と称するようになった。
そのままカピラ城に戻られたマーヤ夫人は、
難産だったため、
産後七日目にして逝去しておられる。

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文武に秀でた太子

待望の太子に恵まれた浄飯王は、
悉達多太子と命名した。
その喜びから、占い師のアシダ仙人を招いて
太子の将来を占わせた時、太子を一目見た仙人は、
思わずホロホロと落涙した。
王は「不吉な涙を見せるとはけしからん」
と激怒したが、仙人は言う。
この太子さまは、ただ人ではありません。
王位を継承されれば、
世界を治める転輪王(てんりんのう)となられましょう。
出家されれば、必ず、無上の覚を開かれるでしょう。
どうもそちらになられるように感じますが、
すでに余命のない私は、この方が、無上の覚を開かれ、
尊い教えを説かれるのを聞かずに
死んでゆかねばならないのです。
それが残念なのです。


やがて浄飯王は、太子を優れた後継者とすべく、
太子七歳の折、当時有名な学者バッダラニーと、
武芸の達人、センダイダイバーを文武の師として城に招き、
英才教育を開始した。

ところが、悉達多太子の聡明さは、
一を聞いて十を知り、十を聞いて百を知る。
武芸両面にも抜群の能力を示して、
たちまち、両師を越えてしまった。
ほどなく、両師が、辞職を願い出ていることからも、
いかに利発であったかがうかがえる。

弱肉強食の世界

悉達多太子十二歳の時、一つの事件が起こった。
春を迎えたある日、
城外で豊作の祈る耕転祭(田起こしの儀式)が行われた。
浄飯王が鍬を打ち込んだ後、掘り起こされた土の中から、
小さな虫が顔を出した。
すると、それを見つけた小鳥が飛んできて、
虫をくわえて飛びたった。
するとさらに、一羽の鷲が急降下して、
その小鳥を爪の間にしっかりとらえて、
いずこともなく飛び去ったのである。

一瞬の出来事に太子は呆然とする思いであった。
「地獄・・・」とつぶやいたかと思うと、
近くの大樹の下に座し、瞑想されるのであった。
「弱肉強食は自然の法則、生きるためには、
やむを得ないことなのか・・・」
すでにバッダラニーの指導により、
バラモンの根本経典である『ベーダ』を、
暗誦するほどに学んでおられた悉達多太子は、
これを契機として思索に耽ることが多くなっていった。

太子のご結婚

成長されるに従ってその傾向は強くなり、
浄飯王としては、アシダ仙人の予言が思い出されてならない。
結婚させれば、太子の憂いも晴れるだろう、
との思惑より、浄飯王は、当時、才色兼備と評判の高かった
麗人・ヤショダラ姫を太子の妃としてカピラ城に迎えようとした。
ヤショダラ姫を巡っては、
従兄弟の提婆達多(ダイバダッタ)との間に
恋い争いがあったと伝えられている。

浄飯王が、ヤショダラ姫の父親、
くり城の善覚王に婚儀を申し入れたとき、
善覚王は、
「当城の掟として娘を嫁に遣わすには、
相手が武芸の達人に限る、となっている。
もし娘をお望みならば、技能のほどを示してもらいたい」
と答えた。
提婆達多(ダイバダッタ)もヤショダラ姫への思いを
寄せていたので、
両者が武芸で競うことになったが、
所詮、提婆達多は悉達多太子の相手ではなかったという。

ヤショダラ姫との結婚により、
一時は、煩悶を忘れて、
快活に振る舞うようになった太子だが、
長続きはしなかった。
約一年後、ヤショダラ姫が男子を出産した。
使者からそれを聞かされた太子は、
「ああ、ラーゴーラが生まれたか」
と一言だけ言われた。

「ラーゴーラ」とは「支障」を意味する。
子は三界の首かせ、
自分が真理を求めるのを束縛する者が現れた、
との意味である。
太子の心が分からぬ使者は、生まれた子に
“ラゴラ”と名付けよとの思し召しと解釈して帰ったので、
王子は「ラゴラ」と名付けられてしまった。

四門出遊
    逃れられぬ老・病・死

太子の人生への疑問をさらに深めたのは、
有名な四門出遊の出来事である。
ある時、東の城門を出られた太子は、腰曲がり、
杖にたよって歩く老人の姿を見て、
人間、誰しもが、あのような老苦に
あわねばならぬのだと痛感なされた。

また南の門を出て路傍に苦しむ病人をご覧になり、
病苦からも逃れ難い人間の姿を凝視なされた。

西門から出遊いた折には、葬式の行列に遇い、
万人にとって死苦の避けられないことを実感し、
愕然となされたのだ。
最後に北門を出られたとき、
法服修行の出家を見て、
自分の歩むべき道が、どこにあるのか、
さとられたのであった。

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煩悶を重ねる太子を心配した浄飯王は、
四季の御殿を建立し、
五百人の美女を侍らせ、
昼夜、歌に踊り、豪勢な食事と、
贅の限りを尽くして太子を慰めようとした。

しかし、世の無常の真実を知らされた太子にとって、
五百人の美女すら、
心からの喜びを与えるものではなかった。

二十九歳、出家

ある真夜中、ふと太子が目を覚まされると、
四辺に美女たちが、昼間の容姿は見る影もないありさまで
眠りこけていた。
いびき、歯ぎしり、よだれをたらしながら寝ている者、
昼に演じる天女の美しさはどこへやら、
生々しく無惨な醜態に、
太子は迷いの夢さめた思いであった。


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「自分はだまされていた。
これこそ彼女たちの真の姿だ。
これ以上、無駄に月日を送ることはできない」
知らずに眠りに伏すヤショダラ姫に心の中で別れを告げ、
白馬に乗って、王城を抜け出されたのである。
太子、二十九歳、二月八日のことであった。

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途中、自ら髪を剃り、太子の衣冠を脱ぎ捨て、
一僧侶となって、尼連禅河の東岸や、
苦行林などの修行の地で、無師独悟を決意し、ひたすら、
さとりを求めて精進されることになった。

太子の姿のないことを知った城内は大騒ぎとなり、
浄飯王は家来の橋陳如(きょうちんにょ)に、
太子を捜し出し、城に連れ戻すように命じた。
橋陳如は必死の探索の末、
カピラ城から実に四百キロ以上も
離れた苦行林に太子の姿を発見した。

「太子さま、捜しましたぞ。
どうか私と共に城にお戻りください。
国王も、お妃様も家来も国民も、みな案じております」
「いや、私は決して城にはもどらない。ここで修行を続ける」
「太子さま、なぜそのような苦しい修行を
なされなければならないのですか。
世に出家し、宗教に救いを求めるのは、
老人、病人、貧しい人と決まっています。
若くて健康で、衣食住何不自由のない、
太子さまが、なぜ・・・」

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橋陳如よ、そなたにはわからないのか。
この激しい無常が。
この世の一切は常が無いのだ。
若きを愛すれど、すぐに老いてしまう。
地位権力とて、いつまでも保ち続けることはできない。
城中での栄耀栄華も、
死に臨めば、何の喜びにもならないのだ。
いつくずれるか分からぬはかない幸福に
酔っているのは愚かなことだ。
私は何物にも揺らぐことのない
絶対の境地を求めねばならないのだ


悉達多太子の決心は盤石であった。
橋陳如を退け、六年間にわたる難行が始まった。
当時の苦行とは、いかなるものか。
食を断つ。極寒に身をさらす。熱火に身をあぶる。
いばらの上に身を横たえる。
木の枝を大地に敷き、その上で座禅する、などである。
悉達多太子は断食によって身体が極端に衰弱していった。

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後年、釈尊は当時を述懐し、
中部経典に次のように述べておられる。
私の体は少食のため、極めてやせ衰えた。
我が肢節は、カーラ草のようになった。
臀部はラクダの足のようになり、背骨は紡錘の連鎖のように
凹凸のあるものとなった。
わが肋骨は腐食し、破れてしまった。

わが瞳の光は深くくぼんで見えた。
わが腹皮は背骨に密着してしまった。
わが身毛は、腐食したその根とともに体から脱落した」
骨と皮にやせ衰えるまで、修行なされたのである。


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大悟徹底される

およそ過去の、激苦激烈な苦行を修した者で、
われは最高の苦行者であり、
われ以上の苦行者はなかった。
およそ未来においても、現在においても、
われ以上の苦行を修するものはないであろう。
かかる苦行を行っても特殊な最高の聖智見(せいちけん)に
到達することができなかった。
おそらく苦行は菩提に至る道ではなく、
最高の道はほかにあるであろうと思った

          (バーリ聖典・中部)

六年間の修行により、
苦行によって最終的な悟りは得られないと
知らされた悉達多太子は、
意を決して苦行主義を捨てられ、
単身、苦行林を脱出された。
そして苦行によって衰弱した心身の力を回復しなければ
正しい智恵が生じないと考え、
尼連禅河(にれぜんがわ)に入って水浴し、
垢を除き、身を清められた。
ところが、疲れきった太子は、沐浴のあと、
岸にはい上がる力もないほどであった。

折から通り合わせた乳買いの娘、
善生女(ぜんしょうにょ)に、
太子は一杯の乳糜(ちち)の布施を請われたが、
苦行にやつれ果てたとはいいながら、
たぐいまれな尊い太子の姿に、
善生女は喜んで乳糜を施したのである。

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それによって太子は何とか体力を回復し、
尼連禅河のほとり、
仏陀伽耶(ぶっだがや)やの菩提樹の下に
金剛宝座を造り、これに結跏趺座(けっかふざ)して
「我、正覚を成ぜんずば、ついにこの座を起たず」と、
異常な覚悟とともに、
最後の修行に臨まれたのである。

以来、七日間、
悉達多太子の孤独な精神の闘いが続行された。
この間、心中に幾多の魔が起こり、
美女愛欲の誘惑、権力や財物に関する煩悩が生じ、
仏典はこれらを外的に描き、悪魔波旬(あくまはじゅん)が
襲来したと記している。

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静かなる山の如く、深遠なること海の如き、
太子の忍耐と剛毅は、ことごとくこれを征服。
遂に三十五歳の十二月八日未明、
一見明星して大悟徹底し、
三世十方の実相を諦観(たいかん)せられ、
三界の大導師たる仏陀となられたのである。
まさに成仏得道、無上覚を究め、
悉達多太子はこの一刹那、
仏陀釈迦牟尼世尊となられたのであった。

釈迦牟尼世尊とは「釈迦族の聖者」との意味であるから、
釈迦とは本来は、
浄飯王が統率していた部族の名称である。
仏となられた釈迦は、数週間、
自らが悟られた境地の余りの素晴らしさを楽しまれたが、
やがて、全人類救済の大道である
仏教の布教伝道を開始され、
八十歳二月十五日に入滅されるまで、
説き続けられた。
その教法が、世界最高の宗教、
仏教なのである。


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釈迦は何に苦しまれたのか [釈迦]

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●悉達多太子は何に苦しまれたか
(※悉達多太子とは、お釈迦さまが仏になる前のお名前)

世界の屋根、ヒマラヤ山脈のふもと(今日のネパール)に、
かつての釈迦族の国があった。
首府はカピラ城といい、城主・浄飯王(じょうぼんのう)の
統治によって栄えていた。
後にお釈迦さまとなる悉達多太子(しったるたたいし)は、
浄飯王と妃・マーヤ夫人の間に生を受けられる。

満開の花咲き誇る四月八日、初産のため故郷へ戻る途中のマーヤー夫人は、
ルンビニーの花園で太子を出産された。
今日、お釈迦さまのご生誕を「花祭り」といってお祝いするのは、
このことに由来する。



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