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真実の仏教を説く先生は数百年に一人ですが、現在その先生が富山におられます。先生の書物によって皆さんに仏縁を結んでもらい、後生の一大事の解決の入り口になればと思います。

このブログは、作り話を載せているのではありません。
死ねばどうなるか、ハッキリしていませんよね。
もしかしたら、死後は苦しみの世界になるのではないかと
誰もが考えることはあると思いますが、
お釈迦さまは『大無量寿経』で、ズバリ、「必堕無間(地獄)」と教えています。
我々には想像できないほどの大苦悩を受ける世界に
気の遠くなるほどの長年月、堕ちねばならないと説かれているのです。
それは何故か、そしてどうすればそれを解決できるのかを教えるために、
お釈迦さまは地球にお出ましになられました。
このブログは読み飛ばさないことをお勧めします。
無知ほど恐いものはないのです。
(弥陀の本願を知らない、求めないこと自体、あまりに危険です。
人間として生まれて来た意味もわからないまま、畜生と同じ一生を終えますか!?
畜生は仏教を理解する知恵がないから六道輪廻し、永遠に苦しまなくてはなりませんが、
我々人間は弥陀の本願を聞思し、救われて極楽往生できる道があるのです。
だから人間として生まれたということはものすごいことであり、
ボーとして求めるものを求めずに過ごしてしまったら取り返しのつかないことなのです。)

           

我々を救い摂る阿弥陀仏の本願とは! [親鸞聖人]



三年前、空前の“親鸞聖人ブーム”でした。
全国の書店に、聖人の半生を描いた小説が並び、
「七百五十回忌法要」の広告が
新聞各紙に掲載されました。

想像してみましょう、
「私が死んで七百五十年後に、
その記念法要が大々的に行われるだろうか」
「オレの半生が、数百年後に小説になるだろうか」
答えは「イエスだ」と自信をもって断言できる人は、
そんなにないのでは?
まして「世界の光」と仰がれるようになる可能性は、
限りなくゼロに・・・。

そう考えてみると、いかに親鸞聖人が偉大な方か、
少しでも感じられるのではないでしょうか。


ある人気テレビ番組では、
戦後出版された本の中で一番多く語られた、
「歴史上の人物ベストワン」とも紹介されました。
強い関心を持たれ、
波瀾万丈の生き方は“たくましき親鸞”
と称賛される聖人ですが、
では、九十年の生涯、
どんなことを教え勧めていかれたのか。
その「教え」を正しく知ることこそ、
私たちにとって最も大切であり、
聖人の強い願いであることを忘れてはなりません。

親鸞聖人の教えが、
余すところなく書き表されているのが、
主著『教行信証』六巻です。
教・行・信・証・真仏土・化身土巻からなる
浄土真宗の根本聖典であり、

「御本典」ともいわれます。
五十二歳の時、関東・稲田の草庵にて
完成されましたが、
京都に戻られてからも終生、手元に置かれ、
修正加筆されています。

“どうか皆さん、この親鸞と同じように、
阿弥陀仏に救われてもらいたい。
本当の幸せになってほしい。

なんとしても伝えたい。
それにはどう書けばよいのか、
どう表現すれば分かってもらえるのだろうか・・・”

やむにやまれぬ御心から、
閉眼されるまで推敲に推敲を重ねてくだされた
とは、
なんと勿体ないことでしょう。
その『教行信証』六巻をギューッと圧縮されたものが、
私たちが朝な夕な拝読している『正信偈』です。

ゆえに『正信偈』には、
親鸞聖人の九十年の御教えが、
すべて収まっているのです。


今回は、正信偈のお言葉である、
獲信見敬大慶喜 即横超截五悪趣
この二行に関して解説します。

「信心獲得してもらいたい」
      聖人の教えはこれひとつ

初めに「獲信(信を獲る)」と言われているのは、
「信心獲得」のことです。
『正信偈』冒頭の二行、

「帰命無量寿如来(親鸞、無量寿如来に帰命いたしました)
南無不可思議光(親鸞、不可思議光に南無いたしました)」

これは、
「親鸞、阿弥陀仏に救われたぞ!
親鸞、阿弥陀仏に助けられたぞ!」
という、「弥陀に救われた」聖人の歓喜の告白です。
この「阿弥陀仏に救われたこと」を、
仏教の別の言葉で
「信心獲得」とか「信心決定」、
あるいは、「信を獲る(うる)」とも言われ、
『正信偈』のここでは、
二字で「獲信」と言われているのです。

EPSON076


では、「信心獲得」「信心決定」「獲信」とは、
私たちがどうなったことでしょうか。
蓮如上人にお聞きしましょう。

信心獲得すというは、第十八の願を心得るなり。
この願を心得るというは、
南無阿弥陀仏のすがたを心得るなり
              (御文章)

これは「信心獲得の章」といわれる
『御文章』の冒頭です。
初めにズバリ、
「信心獲得すというは、第十八の願を心得るなり」
“信心獲得するとは、
第十八の願を心得ることなのだよ”
と言われています。

「第十八の願」とは、本師本仏の阿弥陀仏が、
四十八の約束をされている中の
十八番目のお約束のこと。
「十八願」ともいわれます。
阿弥陀仏が本心を誓われている願であり、
王本願ともいわれる、弥陀の命です。
ゆえに「阿弥陀仏の本願」といえば、
この「十八願」のことなのです。


一言で、こう約束されています。
「すべての人は、
助かる縁手がかりのない極悪人である。
『南無阿弥陀仏』を与えて、
必ず絶対の幸福に助けてみせる」

この十八の願を、「心得る」とは、
「『ご本願の通りでございました』と疑い晴れたこと」です。

では、それはどういうことか、蓮如上人は続けて、
「この願を心得るというは、
南無阿弥陀仏のすがたを心得るなり」
と懇ろに解説されています。

●ナムアミダブツって、なに?

世間では、「南無阿弥陀仏」といえば、
“魔除けのマジナイか”くらいに思われていますが、
本当の意味を蓮如上人にお聞きしましょう。

「南無阿弥陀仏」と申す文字(もんじ)は、
その数わずかに六字なれば、
さのみ功能(くのう)のあるべきとも覚えざるに、
この六字の名号の中には、
無上甚深の功徳利益の広大なること、
更にその極まりなきものなり  
                    (御文章)

“『南無阿弥陀仏』といえば、わずか六字だから、
そんなに凄い働きがあるとは誰も思えないだろう。
だが、この六字の名号の中には、
私たちを最高無上の幸せにする
大変な働きがあるのである。
その広くて大きなことは、
天の際限のないようなものである


「(南無阿弥陀仏には)さのみ功能のあるべきとも覚えざるに」
とは、
“助かる縁手がかりのない極悪人を、
絶対の幸福に救う働きがあるとは、
誰も思えないだろう”
ということです。

“猫に小判、豚に真珠”といわれるように、
ネコに小判を与えてもニャンとも喜ばないし、
ブタの鼻先に真珠をぶら下げても、ブーとも言わない。
見向きもせずエサに顔を突っ込むだけでしょう。
それは、小判や真珠に値が無いからではない、
それらの値を知る智恵が、ネコやブタには無いからです。
同様に、“『南無阿弥陀仏』に、
それほど凄い働きがあるとは思えない”
のは、六字の名号に「値がないから」ではない、
「値を知る智恵が、我々にない」からなのです。


EPSON077

『南無阿弥陀仏』のもの凄い働きを知られた蓮如上人は、
「無上甚深の功徳利益の広大なること、極まりがない」
と言われています。
これは無論、蓮如上人の「こう思う」という私見や、
根拠のない独断ではなく、
釈迦・親鸞聖人のご教導の通り知らされての明言です。


お釈迦さまは『大無量寿経』に、

十方恒沙の諸仏如来、
皆共に無量寿仏の威神功徳の
不可思議なるを讃歎したまう

“大宇宙にまします
ガンジス河の砂の数ほどの仏方が、
異口同音に、阿弥陀仏の作られた
名号(南無阿弥陀仏)の不可思議な大功徳を
褒め讃えておられる”

と説かれています。

阿弥陀仏は、なぜ、
このような大功徳のある名号を作られたのでしょうか。
一体、誰のために、どのような苦労をなされて、
「南無阿弥陀仏」を完成されたのか。

その「名号のいわれ」を親鸞聖人は、
こう述べられています。

一切の群生海、無始より已来(このかた)、
乃至今日・今時に到るまで、
穢悪汚染(えあくおぜん)にして清浄の心無く、
虚仮諂偽(こけてんぎ)にして真実の心無し。
ここを以て、如来、
一切苦悩の衆生海を悲愍(ひみん)して、
不可思議兆載永劫に於て(おいて)、
菩薩の行を行じたまいし時、
三業の所修、一念・一刹那も清浄ならざる無く、
真心ならざる無し。
如来、清浄の真心を以て、
円融・無碍・不可思議・不可称・不可思議の
至徳を成就したまえり  
               (教行信証)

“すべての人間は、
はるかな遠い昔から今日まで、
邪悪に汚染されて
清浄の心はなく、そらごと、たわごとのみで、
まことの心は、まったくない。
かかる苦しみ悩む一切の人々を
阿弥陀仏は憐れみ悲しみ、
何とか助けようと兆載永劫のあいだ、
心も口も体も常に浄らかに(きよらかに)保ち、
その清浄なまことの心で、
全身全霊、ご修行なされて、
完全無欠の不可称・不可説・不可思議の
無上の功徳(南無阿弥陀仏)を
完成されたのである”


三世十方の諸仏の悲願に漏れて、
捨て果てられた私たちを、
本師本仏の阿弥陀仏だけが、
「我ひとり助けん」と立ち上がられ、
五劫の思惟と兆載永劫のご修行という
大変なご苦労をなされて
成就されたのが『南無阿弥陀仏』である
から、
この六字の名号の中には
「無上甚深の功徳利益
(どんな極悪人をも、
絶対の幸福に救い摂る働き)」
があるのだよ
と、
釈迦も親鸞聖人も蓮如上人も、
一貫して教えておられることがおわかりでしょう。

「『南無阿弥陀仏』のすがたを心得る」
と蓮如上人が言われているのは、
「その『南無阿弥陀仏』を弥陀から賜って、
“助かる縁なき極悪の私を、
救いたもう無上甚深の大功徳であった”
とハッキリ知らされたこと
」であり、
これを「信心獲得した」というのだと、
蓮如上人は、

「信心獲得すというは、
第十八の願を心得るなり。
この願を心得るというは、
南無阿弥陀仏のすがたを心得るなり」
               (御文章)

と言われているのです。


『正信偈』の初めに聖人が、
「帰命無量寿如来
南無不可思議光」
“阿弥陀仏に親鸞、救われたぞ!
阿弥陀仏に親鸞、助けられたぞ!”
と表明されているのは、
この『南無阿弥陀仏』の大功徳を弥陀から賜って、
絶対の幸福に救い摂られたことであり、
「獲信見敬(信を獲て見て敬い)」
と仰っているのも、全く同じ意味です。

次に「大慶喜する」と言われているのは、
「この信心をうるを『慶喜』という」(唯信鈔文意)
と聖人の教示されているとおり、
「慶喜」は「信心」を表す異名ですから、
「獲信見敬大慶喜(信を獲て見て敬い大慶喜すれば)」
の一行で、
「信心獲得したならば」
「阿弥陀仏に救われたならば」
と言われているのです。

迷いの世界と縁が切れる

弥陀に救い摂られたならば、どうなるのか。
次に
「即横超截五悪趣
(即ち横に五悪趣を超截(ちょうぜつ)す)」
と、これまたとてつもないことを
言い切っておられます。
「即ち」とは、同時に。
「横に」とは、阿弥陀仏のお力によって。
「五悪趣」とは、五つの苦しみの世界ということで、
「地獄界、餓鬼界、畜生界、人間界、天上界」の
五つの迷いの世界をいわれます。


私たちの魂は一人一人、
これら迷いの世界を生まれ変わり死に変わり、
果てしなく経巡って(へめぐって)きた
ことを
親鸞聖人は、
「多生」「億劫」「昿劫」「微塵劫」と説かれ、
『歎異抄』には、「久遠劫より流転せる苦悩の旧里」と
言われています。

阿弥陀仏に救い摂られたならば、
この流転の絆が断ち切られて、
二度と迷わぬ身になる
ことを、
「五悪趣を超截する」
と言われているのです。
死ねば必ず弥陀の浄土へ
往ける身にならせていただくからです。


ゆえに、
「獲信見敬大慶喜
(信を獲て見て敬い大慶喜すれば)
即横超截五悪趣
(即ち横に五悪趣を超截す)」
と、親鸞聖人が正信偈の中で仰っている二行は、
弥陀から『南無阿弥陀仏』を賜って
信心獲得(獲信)すると同時に、
昿劫流転(こうごうるてん)の迷いを
一念で断ち切られ、
『往生一定』の絶対の幸福に
救い摂られるのだ。
我々はそのために
人間に生まれてきたのであり、
仏教を聞く目的は、
この外に何もないのだよ

と、一日も早い「信心獲得」を
勧めておられるお言葉です。
片時も急いで、
弥陀の本願を聞き開かせていただきましょう。

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楽しく生きよう

私の家浄土真宗です。
父が死んだときにお寺で話をしてもらい救われたことを覚えています。
仏教佳いですね。
by 楽しく生きよう (2014-02-04 19:45) 

枝動

こんばんは。
ご訪問頂きまして、nice!をありがとうございました。
by 枝動 (2014-02-04 21:14) 

minsuke

楽しく生きようさん、コメントありがとうございます。
仏教は、人類の救われるただ一つの教えですからね。
そして、浄土真宗しか救われません。
(しかし西、東の本願寺には弥陀に救われた人がいないので、
誰も仏教を説けないですけどね。)
我々のような、極悪人は、自力修行では無理なのです。
お釈迦さまも大集経に末法には自力の修行では
誰一人証(さとり)を開くものはないと、説かれています。
三度の飯が美味しくいただける、元気なときに
阿弥陀仏に救われないと、極楽には往生できません。
楽しく生きようさんの救われたという意味は分かりませんが、
またご訪問くださいね。
質問などあれば、気軽にしてください。
なお、すぐにご法話を聞かれたいのでしたら、
サイドバーの親鸞聖人アニメ上映会に足を運んでみてください。
アニメも感動的で素晴らしいですし、
そこで、ご法話の案内もしていただけますよ。
by minsuke (2014-02-04 21:50) 

minsuke

枝動さん、書き込みありがとうございます。
またお願いします。

by minsuke (2014-02-04 21:50) 

PENGUIN

ご訪問ありがとうございます。
by PENGUIN (2014-02-04 22:06) 

るぐっちぃ

おはようございます。
ご訪問ありがとうございました♪
by るぐっちぃ (2014-02-05 08:04) 

cincy

ご訪問&niceありがとうございました。blog拝見します。
by cincy (2014-02-05 08:19) 

ちゅんちゅんちゅん

こんにちは!
南無阿弥陀仏が こんなに深いとは知りませんでした。
「知る」ということは 大切ですね。
by ちゅんちゅんちゅん (2014-02-05 15:05) 

海のアングラーしんちゃん

ご訪問ありがとうございます。
私も、南無阿弥陀仏がこんなに意味深いものとは知りませんでした。

by 海のアングラーしんちゃん (2014-02-05 15:15) 

風花六花

ご訪問&niceありがとうございます。
私は少し前まで葬儀社で働いていたのですが
仏教といえど宗派一つで違いますから奥深いですよね。

by 風花六花 (2014-02-05 15:58) 

川島

応援ポチっとしてきました。
いつもありがとうございます^^
by 川島 (2014-02-05 16:09) 

minsuke

PENGUIN、るぐっちぃ、cincyさん、
コメントありがとうございます。
またお願いします。
by minsuke (2014-02-05 17:19) 

minsuke

川島さん、応援まことにありがとうございます。
またお願いしますね。^^;
by minsuke (2014-02-05 18:25) 

minsuke

ちゅんちゅんちゅん、海のアングラーしんちゃんさん、
コメントありがとうございます。
同じ感想でしたので、まとめて返信します。
すみません。

南無阿弥陀仏には、宇宙の宝が全て詰まっています。
お釈迦さまが45年間説いても
説き切れなかったと言われました。
それほどすごいんですよ。
一切経は、「南無阿弥陀仏の効能書き」とも言われます。
つまり、南無阿弥陀仏にはどんな功徳があるのかが
書かれているということです。
お釈迦さまは膨大なお経を説かれていますが、
それは集まった大衆に応じて、
いろいろな善を説いたからです。
実際に善をやらせてみて、
善の一つもできないことを知らせるためだったのです。
我々は自惚れの塊です。
やらないとできないことが分からないのです。
善のできない者と知らされれば、
後生は地獄しかありませんので、
心が阿弥陀仏一つに向かいます。
それまではどうしてもうぬぼれて、
自分のやる善で後生助かろうという気持ちがあるのです。
悪しかできない、地獄一定の自分と知らされれば、
「どうせ地獄より行き場のない私だ、
どうにでもしてください」と、弥陀に後生を任せきることができ、
その一念で弥陀の救いに値う(あう)のです。
ここまでにしますが、またご訪問くださいね。

by minsuke (2014-02-06 00:03) 

minsuke

風花六花さん、コメントありがとうございました。

葬儀社で働いておられたんですね。
いろいろな宗派がありますからね。
でも、今のお坊さん、何も仏教知らないんですよ。
お経読むだけで、言葉の意味知らないと思います。

仏教で一番大事なことは、後生の一大事の解決です。
後生(死後)、八万劫中大苦悩を受ける一大事があるから、
お釈迦さまは、我々にそれを知らせるために
人間界に現れました。
道徳、倫理など、お釈迦さまにはどうでもよかったのです。
ただ、何も知らずに地獄へ堕ちていく我々が可哀想で
見ておれなかったのです。
それ以外にこの世に現れた理由などないのですよ。
経典に、お釈迦さまは8000回、極楽と人間界を往復していると
説かれています。
仏は慈悲の塊ですから、
救われる道一つを説きに来られるのです。
以下がその経典の言葉です。

われわれこの界の衆生を勧めんが為に
無勝荘厳の浄土より往きつもどりつ八千遍。
            (梵網経)

衆生苦我苦
衆生安楽我安楽
という言葉が経典にあるのですが、
衆生(全ての生きとし生けるもの)が苦しければ、
我(仏)は苦しく辛いのだ、
衆生が幸福であれば、我も幸福なのだよ。
と言われた言葉なのです。
親が子を思う気持ちと同じですね。

最後に、
阿弥陀仏の本願一つを説きに来られたのは、
以下の記事を見ていただければ分かると思いますよ。

どの宗派が本当に助かる教えなのか? 
http://minneko.blog.so-net.ne.jp/2014-01-19

またご訪問くださいね。

by minsuke (2014-02-06 00:04) 

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