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真実の仏教を説く先生は数百年に一人ですが、現在その先生が富山におられます。先生の書物によって皆さんに仏縁を結んでもらい、後生の一大事の解決の入り口になればと思います。

このブログは、作り話を載せているのではありません。
死ねばどうなるか、ハッキリしていませんよね。
もしかしたら、死後は苦しみの世界になるのではないかと
誰もが考えることはあると思いますが、
お釈迦さまは『大無量寿経』で、ズバリ、「必堕無間(地獄)」と教えています。
我々には想像できないほどの大苦悩を受ける世界に
気の遠くなるほどの長年月、堕ちねばならないと説かれているのです。
それは何故か、そしてどうすればそれを解決できるのかを教えるために、
お釈迦さまは地球にお出ましになられました。
このブログは読み飛ばさないことをお勧めします。
無知ほど恐いものはないのです。
(弥陀の本願を知らない、求めないこと自体、あまりに危険です。
人間として生まれて来た意味もわからないまま、畜生と同じ一生を終えますか!?
畜生は仏教を理解する知恵がないから六道輪廻し、永遠に苦しまなくてはなりませんが、
我々人間は弥陀の本願を聞思し、救われて極楽往生できる道があるのです。
だから人間として生まれたということはものすごいことであり、
ボーとして求めるものを求めずに過ごしてしまったら取り返しのつかないことなのです。)

           

「なぜ生きる」、釈迦が説く人生の目的 [なぜ生きる]

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人身受け難し、今已(すでに)受く
仏法聞き難し、今已聞く
この身今生に向かって度せずんば、
さらにいずれの生に向かってか、
この身を度せん。
          (釈尊)

お釈迦さまのお言葉です。
「人身受け難し、今已(すでに)受く」とは、
人間にはとても生まれ難いにもかかわらず、
めったにないことがあった
、と仰っています。

どれほど人間に生まれ難いのか。
釈尊は、「盲亀浮木のたとえ」で教えられました。
あるとき釈尊が、ひとりのお弟子に、
「おまえは人間に生まれたことをどのように思っているか」
と尋ねられました。
「はい、たいへん喜んでおります」
お弟子は答えました。
すると釈尊が、
「ではどのくらい喜んでいるのか」
こう問われ、お弟子は答えに窮してしまったのです。

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釈尊は教えられました。
「太平洋の広い海があり、その底には、
一匹の目の見えない亀が住んでいるのだ。
この亀は、百年に一度、水面に浮かび上がるという。
海上には丸太が一本浮いており、真ん中に穴が開いている。
亀が浮かんだときに、丸太の穴に首を入れることがあるだろうか」
丸太は、広い海を、波の間に間に漂っています。
しかも亀は盲目ですから、丸太めがけて上昇することはできません。
お弟子は答えました。
「そんなことは到底、ないと思います。」
「では、絶対にないか」
釈尊にこう尋ねられると、何億年、何兆年もの間に、
ひょっとしたらあるかもしれません。
しかし、非常に低い確率です。
人間に生まれることは、亀が丸太の穴に首を入れるよりも
もっと有り難いことなのだと教えられたのです。


「有り難う」という言葉は、ここから生まれたと言われます。
「有ることが難しい」と読みます。
欲の深い私たちが、人に施すとは、「なんと有り難いことがあったのか」
という意味から、お礼の言葉になっているのです。

●ふみにじられる命

有り難い生を受けたことを、もっと喜ばねばなりません。
「人間の命は地球より重い」
と世界中で言われます。

ところがおかしなことに、自殺や殺人が横行しているではありませんか。
テレビや新聞では、殺したり殺されたりといった
ニュースが多く報じられています。
三万円か五万円入っている財布でさえ捨てられません。
なのに、自殺をして命を捨てる人のなんて多いことでしょう。
本当に、人間の命は尊いのでしょうか。

「人間に生まれてよかったなあ」どころか、
「死んだほうがマシだ」などと考えてはいないでしょうか。
「親が産みさえしなければ、こんなに苦しまなくてもよかったのに」と、
親を恨んではいないでしょうか。
人間に生まれた喜びが、もしなければ、
親の恩は感じえず、親を大事にしようという気持ちにはなれません。

また、民族紛争などで、兵士や難民の命が簡単にふみにじられています。
戦争でなくても毎日、陰惨な事件が起きているではありませんか。
親が子を殺し、子が親を殺(あや)める事件まで発生しています。

●釈尊と人生の目的

人間に生まれたことを、なぜ喜べないのでしょう。
「人命は地球より重い」というのは結論であって、
その理由が明らかにされていないからに他なりません。

女性の一生ならば、
「世の中の娘が嫁と花咲いて嬶(かかあ)としぼんで婆々と散りゆく」
と歌われます。
これが人間のいつわらざる姿ならば、
犬や猫とどこが異なるのでしょう。
これで一生が終わるなら、「人間に生まれてよかった」
という気持ちにはなれません。

「花の命は短くて、苦しきことのみ多かりき」
と言って、林芙美子さんは死にました。
短くて、しかも苦しみのみの人生、何を求めれば満足できたのでしょうか。
生きる理由を知らないのは全人類の悲劇です。


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釈尊は、
天上天下、唯我独尊
と仰いました。
大宇宙の中で、ただ、私たち人間だけが、
たった一つの尊い目的を持っている

と仰った(おっしゃった)のです。

この言葉は、間違ってよく使われます。
「この世の中で、オレ一人が偉いのだ。
あとの奴らはつまらん」
と釈尊が仰ったと思っている人が多いのです。
そして、「自惚れている」とか、
「民主主義の時代に、それではいかん」とまで批判しています。

「唯我独尊」の「我」とは、釈尊ご自身ではなく、
私たち人間のことです。

生まれ難い人間に生まれた、すべての人を表されました。
「独尊」とは、人間に生まれなければできない、
たったひとつの目的があると仰ったのです。

そのたった一つの目的を知れば、
「よくぞ人間に生まれたものよ」と喜べます。
人生の目的を知らないために、苦しんで自殺をし、
また人の命を簡単に奪えるのです。

人生の目的とは、人は何のために生まれてきたのか、
なぜ生きるのか、どんなに苦しくとも生きねばならないのはなぜか、です。
これを知らなければ、人間に生まれた喜びはありません。
私たちは、崇高な目的を持って生まれてきたのです。
どんなに苦しくとも、それを果たすために生きねばなりません。

断じて自殺はいけないのです。

●どこへ歩くか、なぜ生きるか

「あなたは何のために生きていますか」と尋ねると
「生きるために生きている」と答える人があります。
生きること、歩くこと、走ること、飛行機ならば飛ぶことにたとえると、
「歩くために歩く」
「走るために走る」
「飛ぶために飛ぶ」
と言っていることに等しくなります。
歩いている人に、「なぜ歩くのですか」と尋ねると、
「歩くために歩いている」と答えるはずがないでしょう。
もしそうなら、歩き倒れのために歩くことになるからです。
目的もなく歩いているなら、疲れて倒れるより道はありません。
走り倒れになるために走っている人もなければ、
燃料切れで墜落するまで、目的地もなく飛んでいる飛行機もありません。

「生きるために生きる」と言うのは、目的もなく、
歩いたり走ったり、飛んだりしていると言うほど愚かなことです。
それはまた、「死ぬために生きている」と言っているのと同じです。
「死ぬほどつらい」と言いますが、
一番嫌っている死のために生きているというバカげた話がありますか。

「なぜ生きるか」を知らず、
全人類は、「どう生きるか」ばかりに一生懸命です。

大統領からホームレスまで、すべての人は日夜、
「どう生きるか」しか考えていません。
「どう歩くか」「どう走るか」「どう飛ぶか」も大事ですが、
「どこへ歩くか」「どこへ走るか」「どこへ飛ぶか」
が先決ではありませんか。

「どう歩くか」とは、たとえば、何を履いて、何を着ていくか、
持ち物は何か、などです。
これらも大事ですが、それ以前に、「どこへ歩くか」という
目的地が必要なのです。
「○○駅まで行く」
という目的地があって初めて、どう歩くかが問題になります。


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同じように、「どう生きるか」の前に考えねばならないのが、
「どこへ向かって生きるのか」「なぜ生きるか」という人生の目的です。
「なぜ生きるか」があいまいならば、
「どう生きるか」もあいまいになってしまいます。

目的なしに歩くことに力を入れれば、歩き倒れが早くなります。
海へ投げ出されたときは、できるだけ体力を消耗しないよう、
ジッとしているのが基本です。
海水が冷たければとくに、小さくなって、体温を失わないようにします。
「俺は泳げるんだ」と思って、水平線しか見えない海を
確固たる目的もなく泳いでいれば、疲れて早く土左衛門になるだけです。

一番大事な「なぜ生きるか」が、しかし、大学でも教えられません。
教授も「どう生きるか」しか知らないのです。
全人類がそうです。

老後を迎えたらどうするか、考えている人は多いでしょうが、
それは「どう生きるか」です。
老後の次には、必ず死んでゆかねばなりません。
大事なことは、生きている間に「なぜ生きるか」の人生の目的を知り、
それを果たすか否かです。


●「どう生きるか」も大切なワケ

目的が大事だから、手段が大事。
「なぜ生きるか」は目的、「どう生きるか」は手段です。
目的を果たすためにあるのが手段であり、
手段のために目的があるのではありません。
政治や経済、科学、医学、芸術、法律、スポーツなどは、
人生の手段である「どう生きるか」の担当です。
人生の目的を果たし、「人間に生まれてきてよかった!」
という生命の歓喜を味わうには、少しでも長く生きねばなりません。
そこで、「どう生きるか」も大事になります。
生きていなければ人生の目的は果たせません。
そのために、医学は一分間でも患者を長生きさせるのです。
林芙美子さんの言った、苦しみだけの人生ならば、
医学が命を一分延ばせば苦しみも一分のびます。
患者の苦しみをいやすために医学はあるのですから、
苦しむだけなら医学の価値はありません。
「なぜ生きるか」を果たすために生きねばならないので、
政治や経済も大事です。
一番大事な「なぜ生きるか」が達成されたときに、
地球より重い命であったとハッキリします。
産んで育ててくれた親の恩も分かるのです。
人間に生まれた生命の歓喜をいただけます。


●喜びの続かぬ丸太

釈尊は、人生の目的は唯一だと仰いましたが、
「人それぞれだ」という人がまた多いのです。
それは、「どう生きるか」の生きがいと人生の目的を混同しているのです。

「どう生きるか」とは、たとえば、お金やマイホーム、仕事、平和な家庭、あるいは晩酌をキューッとやるなど。
人それぞれに異なるものは、生きがいなのです。
碁や将棋、書道、剣道、柔道など、生きがいは様々です。

秀吉や家康が、天下を統一したといっても、
それは秀吉や家康の生きがいです。
松下幸之助や本田宗一郎が大事業を成し遂げたと言われても、
それは生きがいです。

釈尊の仰った人生の目的は、「独尊」ですから、
一つしかありません。
何千年昔の人も、何千年後の人も、日本もアメリカもブラジルもアジアも、
古今東西かわらないものが人生の目的です。


(秀吉も家康も、丸太にすがろうとしているにすぎなかった。)
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水平線しか見えない海に、あなたが泳いでいるとします。
海上には、大小さまざまな丸太や板切れが浮いています。
泳いでいるだけでは辛いので、
近くに浮いている丸太に向かって泳ぐでしょうが、
その丸太が金やマイホームであったり、
秀吉・家康なら天下統一になります。
丸太にすがってなんとか安心しようとするのですが、
かなり大きな丸太であっても、浮いているには違いありません。
つかまって、「やれやれ」と思った途端、クルリと回って、
また潮水飲んで苦しむのです。


学生ならば、丸太に向かって泳いでいたのが受験勉強です。
合格したときにはホッとしたでしょうが、
その喜びが続いていますか。
それどころか、大学に入ってもこんなものかと
幻滅するだけと言う人も多くあります。
半年も一年も喜びは続きません。

結婚もマイホームも、一時は喜んでも、ローンで払わねばならぬ、
あそこにもここにもお金がいる、という具合に丸太がクルッと回るのです。
また別の丸太を求めているうちに、一生が終わって、
「苦しきことのみ多かりき」で死んでゆかねばなりません。

家康も言っている通り、
「人の一生は重荷を背負うて遠き道を行くがごとし」
です。
「人の一生」とは家康自身の一生です。
「重荷」とは、さまざまな人生の苦しみ、早く重荷を降ろし、
温泉に入ってのびのびしたい、と思い続けながら、
重荷をおろすことは死ぬまでできなかったと言っています。
これでは、「人間に生まれてきてよかった!」
という生命の歓喜を味わえるはずがありません。
生きがいのみを追い求める人生は、死ぬまで苦しまねばならないのです。

死ぬまで苦しむために、人間に生まれてきたのではありません。
家康ほどのことをやっても、重荷を降ろせなかったら悲劇の人生です。
重荷を降ろせるところを探しての、人生の旅でなければなりません。
人生の目的を果たすとは、重荷を降ろせたことです。

『御文章』には、「三世の業障一時に罪消えて」(五帖目六通)と
ありますが、「三世の業障」が重荷です。
「一時に罪消えて」ですから、アッという間に降ろせるのです。
天下をとった家康さえ降ろせなかった重荷ですが、
一時に降ろせると仰っています。

この重荷、なんとか降ろせないかと苦しんだ人でないと、
降ろさせていただいた喜びもありません。
糸くずが背中についていたのをとってもらってもわからないでしょう。
苦しんでいないからです。
重い荷物で苦しんでいた人が、
それをとられてわからないはずがありません。
「三世の業障」はそれ以上に重いのです。

しかも家康は、果てしなく遠い道を歩き続けなければならなかった
とも言っています。
丸太にすがっても安心も満足もない、
悲惨な一生が待っているだけです。



(土を運ばせ、また、もとの場所へ戻させる。捕虜は次々と発狂して自殺した。)
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昔、戦争捕虜を一番残虐に扱った例として、
目的のない仕事をさせたことがありました。
土を運ばせる、その土をまた、もとの場所に運ばせる。
それを繰り返すうちに、捕虜は発狂して、自殺してしまったのです。
お金をもらえなくても、建物や橋を作るための労働なら
死ななくてよいのですが、目的がなければ続けられません。

その人生の重荷を降ろせることがあるのです。
「人間に生まれてよかったなぁ」という喜びがあるのです。
古今東西すべての人に共通した人生の目的は、では何でしょうか。
聞き難い仏法にのみ、それは説かれています。

●降りる飛行場のない不安

人生の目的は、後生の一大事の解決、ただ一つです。
何千年前も、何千年後も、アメリカでもアジアでも、
これ以外に人生の目的はありません。


『白骨の御文章』には、
「だれの人もはやく後生の一大事を心にかけて」とあります。
「だれの人も」ですから、古今東西のすべての人に、
後生の一大事があると仰っています。

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私たちの人生を飛行機にたとえると、
生まれたときが飛行機の飛び立ったときです。
二十歳の人は二十年前、五十歳は五十年前に飛び立ちました。
飛行機は、いつまでも飛んでいられません。
燃料が切れて、降りねばならぬ時が死です。
私たちの人生は、見渡す限りの大海原の上を飛んでいるようなものです。
降りる滑走路がありません。
にもかかわらず、まもなく燃料が切れるとなったら、
落ち着かないでしょう。
安心して着陸できる飛行場のない不安が、全人類を覆っているのです。
やがて、海へ落ちていかなければなりません。
それが後生の一大事です。


では、死ねばどうなるでしょう。
どうもハッキリしません。
「極楽へ往く」と言う人もありますが、
今死なねばならぬとなると、不安な、暗い心が出てきて、
「こんな心ではなあ」とも思います。
このようにハッキリしない心を「無明」といいます。
太平洋の真ん中で、降りる飛行場がないまま
飛んでいる飛行機に乗っている不安です。


飛行機にとって、墜落ほどの大事はないように、
人間にとっては、死ぬほどの一大事はありません。
家が焼けても、夫を失っても、一大事には違いありませんが、
私が死なねばならない一大事は最も深刻です。
人間の内臓を工場で作れるような時代が来ても、
後生の一大事は全人類に変わりなくあります。

人生の目的を知らされ、それを果たしたときにこそ、
「人身受け難し、今已に受く」という本当の喜びが出てきます。
仏教は、無明の闇を破り、後生の一大事を解決して、
人生の目的を果たすことを教えられました。

●仏教の結論は何か

では、どうすれば後生の一大事を解決できるのか。
釈尊は、「一向専念無量寿仏」と教えられました。
無量寿仏とは阿弥陀仏、釈尊が本師本仏と仰った仏さまです。
大宇宙にはたくさんの仏がまします。
これを「十方諸仏」と言われました。
地球のような世界が、宇宙には数え切れないほどあり、
地球上に釈尊が現れて仏教を説かれたように、
それらの世界にも仏が生まれておられるのです。
お釈迦さまも、数限りない諸仏方のひとりです。

十方諸仏の中の、本師本仏が阿弥陀仏です。
大宇宙の仏方が、手を合わせて拝まれる仏です。

大日如来や薬師如来には、人生の目的を果たさせることができません。
そのような力を持った仏さまは阿弥陀仏しかおられませんので、
阿弥陀仏一仏であると釈尊は仰ったのです。


地球上で一番偉いお釈迦さまでも、
人生の目的を果たさせる力はありません。
もしあれば、「オレに向け」と言われるでしょう。

阿弥陀如来以外に、人生の目的を果たさせてくれる仏はありません。

仏教の結論は、「一向専念無量寿仏」
この真実の仏教を知っている人はどれだけあるでしょうか。
「この身、今生に向かって度せずんば、
さらにいずれの生に向かってか、この身を度せん。」
生きている今、助かるのです。
死んでしまってからでは、どうにもなりません。
人生の目的をハッキリ知って、後生の一大事を解決し、
「一向専念無量寿仏」の身になるのは今生です。


燃料はたっぷりあっても、エンジントラブルで墜落するかもしれません。
交通事故で、毎日たくさんの人が死んでいます。
朝、起きたとき、その人たちは、
燃料はまだまだあると思っていたでしょう。
今晩死ねば、明日からは後生です。
今しかありません。

命が終わってしまったならば、
聞き難い仏法をまた聞けるようになるまでは大変なことです。
「今生でダメだったら次の生だ」などと、
のんきなことを言っている場合ではありません。
一日も片時も急いで後生の一大事を解決し、
本当の幸福の身にならせていただきましょう。



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コメント 13

plastic

親鸞聖人や仏教に興味を持ち、生きる意味を調べるようになりました。
そして調べるうちにここのサイトにたどりつきました。
しかし僕の求めている答えはありませんでした。

文章お借りします ↓

釈尊の仰った人生の目的は、「独尊」ですから、
一つしかありません。
何千年昔の人も、何千年後の人も、日本もアメリカもブラジルもアジアも、
古今東西かわらないものが人生の目的です。

↑ その人生の目的を具体的に教えてほしいのですが…結局書かれていませんでした。

中村僚さんや筬島(おさじま)さんという人が配信しているのメールマガジンも読んだりして、「飛行機のたとえ話」もほうぼうで聞きました。なるほどと思いましたが…
結局肝心カナメの生きる意味を教えてくれないんです。
それを教えて欲しいのに…
似たようなたとえ話の連続で、生きる意味は親鸞聖人や仏教を学んだら書いているから分かると。
セミナーを開催しているから参加してくれと。
セミナーに参加してお金を払わなくてはならないようで。

一生かけて学ぼうとは思いますが、やはりお金が必要なのでしょうか。
お金持ちにも、お金を払えない貧しい人達にも、親鸞聖人やお釈迦様の教えを万人に等しく教えるのが理想だと思うのですが、僕が愚かで卑しい心を持ってるだけでしょうか。

by plastic (2013-10-26 04:49) 

minsuke

plasticさん、コメントありがとうございます。

なぜ苦しくても生きなければならないのか、
その理由は、死んだら「後生の一大事」があるからです。
お釈迦様は、必堕無間と大無量寿経で教えられています。
死ぬと、八万劫中、大苦悩の世界でのたうち回らねばなりません。
一劫とは、4億3千2百万年のことですから、
その八万倍の期間、無間地獄で苦しまなければならないと
お釈迦様は教えられました。
そんな我々をほかってはおけんと、
阿弥陀仏は本願を建てられました。
平生達者なうちに絶対の幸福に救うという誓いです。
阿弥陀仏に救われれば、後生の一大事は解決します。
救われた現在から、心は極楽浄土にいるように
大安心、大満足の身になり、
死んで必ず極楽浄土へ生まれさせていただけます。
それが我々の生きる目的です。
阿弥陀仏に救われるためには、真実の仏教を聞かなければなりません。
今、富山に数百年に一度しか現れない、
真実の仏教を教えてくださる先生がおられます。
plsticさんも一刻も早く、真実の仏教を聞いていただきたいと思います。
次にコメントくだされば、ご案内しますよ。
後生の一大事に関して、
次の記事を読んでくださるといいかと思います。


明白な地獄の実在
http://minneko.blog.so-net.ne.jp/2013-10-21
釈迦が説く、我々人間の実相
http://minneko.blog.so-net.ne.jp/2013-09-30
by minsuke (2013-10-28 11:03) 

minsuke

plasticさん、補足です。

今日本各地で、支部単位でご法話を 
聞けるようになっています。
コメントで、どのあたりに住まわれているか教えてくだされば、
その支部への連絡方法を教えますよ。
親鸞聖人の本当のみ教えを聞くことができます。
特にお金はかかりません。
お布施という形ですので、
plasticさんのお気持ちでいいのです。

by minsuke (2013-10-28 13:11) 

plastic

ご返信ありがとうございました。
まだまだ僕は知識の浅いようです。
もっと学ばなければなりませんね。

僕は大阪府在住です。
なかなか時間が取れませんが、機会があればご法話を聞きに行けるようにしたいと思います。

あと僕は読書好きなので、なにか仏教に関するオススメの本がありましたら教えていただけませんか?
最近は仏教聖典を購入し読みました。

by plastic (2013-11-02 16:49) 

minsuke

こんばんは、plasticさん。
ご返信ありがとうございます。

ご法話を聞けるように連絡先を教えますね。
今訊いていますので、後でこちらに書き込みます。
おじいさんやおばあさん、そして若い人、年齢関係なくいますので、
抵抗なくご法話に参詣できると思います。
お布施は気持ちですので、500円でも1000円でもいいですよ。
一日も早く、真実の仏法を聞いていただき、
真実に出会えた喜びを感じていただきたいと思います。

お薦めの本ですが、
なぜ生きる
親鸞聖人の花びら(桜、藤)
嘆異抄をひらく
私のブログのサイドバーに案内してありますので、
amazonで買われるといいと思いますよ。
今日か明日には連絡先など、書き込みますね。


by minsuke (2013-11-02 19:02) 

minsuke

こんばんは、plasticさん。
先ほどの件ですが、
親鸞聖人のアニメ上映会にまず行かれるといいですよ。
アニメで親鸞聖人を理解してもらい、好きになってもらってから
ご法話を聞いてもらいたいという趣旨でやっています。
仮にアニメは見たくないと思われていても、
その会場に行っていただければ、
ご法話の案内をしてもらえるはずです。
以下にアクセスしてみてくださいね。
http://shinran-anime.com/search/anime/osaka
(親鸞聖人 アニメ上映会)

by minsuke (2013-11-02 22:16) 

青赤

中絶を機に生きる意味について考えるようになりこのサイトに辿りつきました。
拝読させて頂いたのですが「後生の一大事」とは死ぬことですよね?それを解決するための「一向専念無量寿仏」とは結局なんですか?その「一向専念無量寿仏」を拝み倒すことですか?それでも死にますよね?
by 青赤 (2014-11-02 23:34) 

minsuke

青赤さん、コメントありがとうございます。
いえ、違うんですよ。
後生の一大事とは、死ねば必ず苦しみの世界に堕ち、
未来永遠苦しまなければならないことです。
お釈迦さまは、大無量寿経に「必堕無間」と説かれ、
八万劫中、地獄に堕在すると教えています。
八万劫とは、4億3200万年×8万のことです。
だから、生きているうちに弥陀の本願に救い摂られ、
死ねば極楽に往生させてもらえる身にしてもらわねば、
解決できないのです。
そのこと一つを成し遂げるために、
我々は生まれ難い人間界に生を受けたのです。
阿弥陀仏に救われるためには、
念仏を唱えていれば救われるのではありません。
真実の仏教を聞かせていただき、
弥陀の本願に疑いが晴れたとき、
弥陀のじかの呼び声を聞き、救われるのです。
そこまで真剣に聴聞させていただき、
真実の自己を知らされねばなりません。
地獄一定の、悪しかできない自分を知らされて初めて、
弥陀の救いに全てを打ち負かすことができるのです。
それまでは、我々はどうしても弥陀の本願を信ずることができず、
救われないのです。

また分からないことがありましたら、ご質問くださいね。
by minsuke (2014-11-03 07:47) 

ななす

結局阿弥陀様にすがれということなのですか?
ただただ黙って、一隅を照らす人になればよい
そう思うのですが、言葉をたくさん並べていても
私には目がすべるばかりでした。
by ななす (2015-08-23 22:09) 

minsuke

ななす様、コメントありがとうございます。
返信遅くなりました。
阿弥陀仏にすがるというのは、
阿弥陀仏一仏しか我々の後生の一大事を解決できる仏様はいませんので、ほかの仏や菩薩や諸神をすべて捨てて、
一心に阿弥陀仏に心を向けよということです。
そのためには、真実の仏教を説き切ることのできる方から
仏教を聞かせていただかなければなりません。
阿弥陀仏の御心を聞かせていただき、
自分とはどんな存在なのか、
本当に極悪人なのかをはっきりさせる必要があるのです。
極悪人であり、死ねば大変なことが起こることを知らされねば、
阿弥陀仏にすがろうという気持ちは起こらないからです。
by minsuke (2015-08-25 19:58) 

仏

後生の一大事を解決するにはどうすればいいですか?どこに行って何をすれば救われますか?教えて下さい
by (2015-10-18 14:22) 

minsuke

ご質問、ありがとうございます。
後生の一大事を解決するには、真実の仏教を説き切られる方から、
真剣に仏教を聞かせていただかなければなりません。
真実の自己がはっきり知らされるまで、聞き抜くのです。
真実の自己が阿弥陀仏によって照らし出され、悪しかできぬ極悪人と知らされたとき、自力の心が廃れ、阿弥陀仏に救われるのです。
http://www.shinrankai.or.jp/s/shisetsu/shisetsu.htm
上記のアドレスにアクセスしていただいて、e-mailでもしていただければ、ご法話を聞けると思います。
また分からないことがあれば、ご質問ください。
お待ちしています。
by minsuke (2015-10-18 18:29) 

MAXVARU

死後の苦しみを乗り越えるために生きるということですか?
俺が俺である必要はなく、苦しみたくなければ仏教を聞けということですか?
自分の人生に価値を見出だせませんそんなことは気にせずただ仏教にすがれということですか?
質問ばかりですみません。でも生きる意味を持ちたいです。わがままですみません。
by MAXVARU (2016-11-10 23:33) 

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